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続・60年目の亡霊


①'04年、土砂の崩落により地中より姿を現わした97式中戦車の残骸。
②'05年11月、土手に掘り出されて一時保管されている様子。


③田宮模型歴史研究室助手、戦車模型行動隊班長M井教授、査察時のスナップ。
④大東亜二輪戦車考古学教室S木教授、御視察の様子。


⑤ほぼ原型を留めていた補助転輪。ゴムに刻まれたロゴも明瞭に残っている。
⑥砲塔を裏側より見る。主砲基部薬室部分も残されていた。


⑦車体前方へ延びる変速機とドライブシャフト。ユニバーサルジョイントは稼 働していた。
⑧開いた状態で固着した操縦席ハッチ。


⑨出土してチハ車の起動輪が確認された。
⑩車体下部の側面鋼板の厚みは25mm。チハ車の数値と一致する。



 97式戦車が突然、土の中から現れたらしいですよ。そうした嘘のような噂が飛び交ったのは昨年の晩秋のことだった。騙されたつもりで現地に馳せ参じてみると、何と本当に戦車が半分、土中から姿を現わしていた。その眼前の光景に暫し唖然と立ち竦んだものである。場所は神奈川県の三浦半島のとっ先辺りの、人も通わぬような寂しい海岸べりである。直前まで波が押し寄せる砂浜に、赤く錆び果てた鉄隗が鎮座する様は何とも異様で、まるであの悲惨な戦争で散華した名も無き人々の怨念が甦ったかのような鬼気迫るものであった。
 現地に辿り着くにはとある漁港から、海岸縁の道を徒歩で行かねばならない。道そのものはクルマ1台が優に通れるだけの幅があり舗装もされているのだが、漁港からは一般車輌の侵入を禁止している。大戦中の不発弾などが多く埋められている事情もあり、またどこかへ抜けられる道ではなく、住民も居ないことから一般の立ち入りを禁止しているのであろう。暫く続く道も三浦市のさる公共施設で途絶える。ここから先は人も通わぬ天然の要塞のようなものである。チハ車の在る現地へは海岸の岩場を進んで行くしかない。他のアプローチとして逆方向から高い崖を下って海岸へ降りる方法もあって、そうしてやって来たと云う猛者も居た。そのような場所なので、余程の人でないと近付かない。だが、今年の夏には戦車の脇に最近使用したと思しき注射器が捨てられていて、少なからず暗澹たる気持ちにもなった。何度か通ううちには廃墟、歴史、兵器などのマニアにも出くわし、もっと奥の崖には旧軍の見張り所跡もありますよ、などと教えていただいたりもした。
 現物を見る限り保存展示に相応しいようなものとは思われず、恐らく引き取り手もなく所轄の地方自治体はその処理に苦慮するだろうと思われた。しかし、今年になって栃木県那須高原の那須戦争博物館に引き取られることになった。此処は映画226に使用されたブルドーザ改造の「90年式戦車」だの、やはり映画「203高地」で使用されたレプリカの28cm砲だの、複葉練習機ボーイング・ステアマンの上翼をとっぱらって陸軍95式戦闘機と称したりなどの、良く言えばギャグセンスに富んだ、悪く言えば昔の見世物小屋的味わいの個人経営ミュージアムであるようだ。取り合えず那須博物館に問い合わせ、事の真偽を伺ってみたところ、引き取ったのは事実であった。掘り出しはどのようにして行なわれたのか聞いてみると、何と3.5トン・トラックと2.5トン・パワーショベルが現場まで入ったとのこと。道なき道をどのようにして大型車を通したのか、改めて検証してみると、三浦市東浄化センター裏手の山に山道のような小道を発見した。これまでは下生えが鬱蒼と覆っていて分からなかったのだが、トラックとパワーショベルが踏み付けたおかげで、道筋が明確になっていた。恐らく戦時中は軍の施設に向かう為に延びていた道だろうが、今は通う者とてなく雑木が覆うに任せていたもののようだ。まさにタイヤと履帯で踏みにじられた痕跡は、原野を開墾したあとのようで無惨であった。
 現地では二度吃驚。「ええ~こんなにしちゃったの」と思わず叫んでしまうほどの惨状である。車体は更に溶断されてまさにバラバラ状態である。これを那須戦争博物館では表面の錆を除去し、来年3月頃には公開展示する予定であるそうだが、もはやこれは戦車と云うより戦車の部品に過ぎない。こんなことなら改めて埋め直して、そのまま静かに眠らせてやったほうが良かったのかもしれぬ。まあ地元としては晴天の霹靂のようなお荷物であったろうから、自費で持ち去ってくれるところが名乗り出てくれたのは大助かりであったろう。埋め直すでもなく撤去するでもなく、ただ簡単なロープを張って「危険なので立ち入りを禁じます 横須賀市土木課」のプレートだけ下げたお役所仕事に失笑したボクたちにしてみれば、重機まで動員して引き取った那須戦争博物館のほうがナンボかはましに思えたのもまた事実である。しかし、現状回復に関してはかなりいい加減と表現するよりなかった。戦車を掘り出した穴を埋めるには埋めてあったが、地形はすっかり変貌してしまっていたし、その下の砂浜は履帯に踏み荒らされたまま荒れるに任せてあった。さて、この顛末が過ぎ去ればこの浜はまた海鳥だけの静かな時が戻って来る。掘り起こせば未だ戦車や大砲が埋まっているらしいの噂は絶えないが、もはや静かに眠らせてやるのが得策と云うものだろう。敗戦の将を更に鞭打つようなことをしてはならない。

プロフィール

平野克己(ひらの・かつみ)

MC誌の最前線を長うお准将に託し現在はフリーランスの予備役として活動中。湘南鎌倉で猫的スローライフを提唱しつつ、国産プラモデル史の編纂に尽力する日々を送る。永年飼ったコブラ427S/Cを手放しMC(Motorcycle…Modelcarsではありませぬ)復帰を密かに目論む。自称昭和プラモ小僧の60歳。座右の銘は心情溢るゝ軽薄さ。

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