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昭和プラモデル物語(47)




 ボクが高校生の頃であるから'60年代後半のことである。当時、思春期の青年たちは16歳の誕生日を指折り数えて待ちわびた。二輪車免許の取得可能年齢であるからだ。ボクより少し上の世代には軽四輪免許があったので、幸運だったり裕福だったりすれば16歳でホンダN360を乗り回せたのだが、タッチの差で軽免は廃止されてしまっていた。尤も仮に免許制度が変わらなかったとしても庶民の倅であるボクたちに自動車など買える筈もなかったから、別に口惜しいとも残念とも思ったことはなく、むしろ興味の焦点はオートバイそれ一点に集中していたと言っていい。時代的にスポーツモデルが台頭しようとしていた。メッキ側版にニーグリップラバーの備わったフューエルタンクがたちまち過去のものとなり、オートバイと言えば黒、精々が赤という車体色のイメージもカラフルなキャンディーカラーの出現で大きく様変わりしつつあった頃だ。それは自動車同様、オートバイも急速に近代化を果たそうとする時代であった。
 ボクが自動二輪免許を取得したのは自動遠心クラッチ付きカブ90に乗れれば、即ナナハンOKという「恐ろしい」時代であった。ただ、その第一段階としてしばらくは原付免許だけで過ごした。土曜日の放課後、クラスの仲間が蕎麦屋の倅の家に集まっては、無断で出前カブを乗り回して遊びはしたが、おおっぴらに無免許運転をする訳にもいかず、やはり原付で修行を積んでからでないと自動二輪の免許試験は受けられなかった。当時は今と違ってスクーターはカブとその類似モデルに取って替わられてしまった遠い過去の乗り物として事実上死滅しており、またオートバイには「可愛い」などという形容詞が無縁であった当時のこととてカブだの実用車だのには誰も見向きもしない時代であった。
第一ミニバイクのような類いは全くといって良いほどに存在していなかった。そこで限られたスポーツモデルを見渡せばホンダSS50も既に古臭い感じがした。そんな中、ボクが魅せられたのは新登場のヤマハFS1であったが、友人たちの中には「いきなりスーパースポーツの類い」に乗るのは抵抗があるという者たちも居た。だが実用車の小手先を変えてトレールだのCLだのを名乗る見え透いた胡散臭さにも満足ならなかった。そんな折り、ダックスホンダが誕生した。ミニバイクというそれまでには無かったジャンルの、しかも若者向けなスポーティーでレジャー指向の強い性格付けで、「これならカッコいい」と血気盛んな原付ライダーをも納得させたのである。燃料タンクのないスタイルも斬新だった。その名の謂れである小径タイヤに長い胴から連想させる「ダックスフント」のイメージも愛らしかった。そんな訳でダックスホンダは一躍、時代の人気車種へと躍り出た。ボクの周辺でも「ヤーサン(山田なのでそう呼ばれた。別にヤクザなのではない)」が早速50エクスポートを買い、クラス仲間からは羨望の眼差しを一身に受けることとなった。思えば、これがミニバイクが市民権を得た最初であったろう。
 人気モデルとなったダックス(略してそう呼ばれる)は、当然プラモデルにも登場する。その最初が日東科学/ニットーの1/8ダックスホンダST70EXPOである。ホンダの宣材から借用した水着姿の松尾ジーナ(当代きってのフェロモン出まくり人気モデルであった。のちにレーサー高原敬武夫人となったのは有名)に興味がいってしまったファンも多かろうが、当時のプラモ好き高校生なら大概の者が作ったという傑作人気キットであった。プレスフレームの「胴」に当たる部分が妙に四角い以外は、レベルの1/8シリーズにも劣らぬ内容で、実車に手が届かない青年たちにとっては「暫しの慰め」をもたらしてくれる存在であった。このダックスをNo.1にヤングレジャーシリーズと称してモンキーZ50Z、ホッパー50、バンバンRV90もシリーズに加わったが、時代の推移と共にカフェ仕様へと無理くり変身させられてしまい、それも日東の消滅と共に廃版、その後は近年になって台湾ブランドの怪しげなカフェレーサーもどきだけが少量流通したに過ぎない。
 ロードパルやパッソルの出現によって硬派なオートバイとは性格も趣きも異にするミニバイクが台頭するのは'70年代後半のこと。そして、その延長線上で原付スクーターが隆盛し現在に至るのであるが、それまでは「この種のちょい乗り、気軽なお遊びバイク」といった風情のジャンルは無いにも等しかった。今にして思えばダックスホンダはそうしたバイクの先駆けであったと言えるだろう。そしてまた、あの頃は実車に憧れてダックスのプラモデルを作った時代であったのを改めて思い出すが、現在では誰が「おらがスクーピーやリトルカブ」のプラモデルを作りたいと考えるだろう。それは物質的な贅沢さと引き換えにして精神的な豊かさを失った結果ではないのだろうか。(続く)

プロフィール

平野克己(ひらの・かつみ)

MC誌の最前線を長うお准将に託し現在はフリーランスの予備役として活動中。湘南鎌倉で猫的スローライフを提唱しつつ、国産プラモデル史の編纂に尽力する日々を送る。永年飼ったコブラ427S/Cを手放しMC(Motorcycle…Modelcarsではありませぬ)復帰を密かに目論む。自称昭和プラモ小僧の60歳。座右の銘は心情溢るゝ軽薄さ。

2014年10月

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