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2008年10月アーカイブ

モデルカーズ的こころ(46)

 別に某大阪府知事のように大上段に構えて喧嘩する気もないし誹謗中傷するつもりもないのであえて実名は記さないが、最近某模型誌に原稿を入稿した際の出来事である。50年ほども昔、駄菓子屋で15円で買った「駄玩プラモデルのロボット」をネタに原稿を書いた。当時の事とてそれはそれは「へなちょこ」なデザインと設定のロボットであった。だが当時のプラモ少年たちにとっては愛すべきへなちょこロボットであり、買うか買うまいか大いに決断を要し「大枚を投入」したプラモデルであった。
 その完成モデル写真を見て「編集部一同大爆笑しました」と言われた。何しろ編集部は皆若く、こんなプラモデルがあった事さえ知らず、それどころか何れも東京近郊出身者なので駄菓子屋というものさえ知らないもので、と。何だか言下に小馬鹿にされたような気がした。かつてモノグラム神話という言い回しがあって、レベルの低いプラモデルはその存在さえも容認しないような偏狭的な感覚が蔓延った事がある。確かに良いものは良いし、それなりのものはそれなりでしかない。ましてまともに作ろうという意欲を殺ぐかのようなキットがモノグラムと同一線上で語れないのは事実だ。しかし、だからといって単純に排斥してしまって良いものなのだろうか。ましてやプラモデルの文化と技術を広く啓蒙し伝播する事を使命としているプロの意識としては如何なものか。余りにも短絡的に過ぎないか。そこには未だもって蔓延る「技術至上主義」への盲目的信奉が垣間見えるように思える。だとしたら余りにも素人的な発想であり、うわべばかりで底の浅い観念でしかない。アマチュアであるならそれで構わない。好きなものはとことん好きで、興味のないものへは目を向ける必要もあるまい。だがプロ集団であるならそうした姿勢で人様からゼニを取ってはいけない。未だに模型専門誌がマスターベーションの巣窟と言われる所以はそこにある。自分を信じる事は大切だが、オレ様主義は嫌みでしかない。そして、そうした者たちはえてして限られた熱狂的支持者を頼みとして勘違いしてゆくのだ。改めてボク自身も含め、情報文化を発信する側の身としては常に襟を正す事を忘れてはならない。
 かつてボクは'60年代のモータースポーツを専門とした。ボク自身には'50年代のGPマシーンなど中生代の恐竜のようなものに感じたが、それでもプロを自負する以上、可能な限り学び知ろうと心がけた。最近のイコールコンディションで争われるF1には興味も湧かない。マシーン・コンストラクターやエンジン・サプライヤーの物語もなく、ドライバーはオペレーターのようなもので、どうにもボクには面白さの持っていきどころが見当たらない。しかし敬意は払う。何と言っても世界最高峰のモータースポーツである。あんなもの、けっ、などと小馬鹿にはしない。どうも日本人は度量が狭くていけない。(続く)

モデルカーズ的こころ(45)

 予期せぬ(本当はずっと以前より予感はしていたのだが…)パソコンクラッシュで、ただでさえ厳しい経済状態が絶望の縁にまで追い詰められてしまったワシ…。カメラも新調せざるを得なくなり、どうせなら一眼レフをと思いつつも先立つものに余裕がなく、結局はコンパクトデジカメ、キャノンのパワーショット某モデルに落ち着いたワシ…。おかげでハーレーなぞ夢のまた夢へと遠ざかり、それどころか190Eに何かあったらどーしよー、などと不安を抱いている今日この頃のワシ…。一応、時期FX選定委員会は勝手に設置してはいるのだが、それもまた絵に描いた餅状態のワシ…。洒落と願望でTVRタスカンなどとホザいていた日々はもはや遠く、コルベットC6もそれはそれでカッコいーよねー、などとはしゃいでいた時代は更に遠い追憶の日々に…。そこでより現実味を帯びた車種選びをしなきゃーねーと、独りで夢見る今日この頃ではある。いっそミニ(ニューミニである。今更初代ミニなどしんどくて乗れそうにもない)クラブマンなんかお手頃かもねえ。でもすこーんと思い切ったボディ後半部がかっこいいようでもあり、しかし視点を変えると何だか「小さい霊柩車」に見えてしょうがない。おさかなみたいな「ぬるりん」とした顔には大分慣れたんだけど…。ぬるりん繋がりならスズキ・スウィフトも悪くないよねー。グレードはやっぱりスポーツがいいけど、1.5ℓでもいーかなー。スポーツって言っときながら「なんでオートマ希望」なんですか、と、ずっとワシのクルマの面倒を見てくれているシゲタ自動車には怒られるけれど、もう日常のアシにマニュアルは面倒でいかんがや~。マニュアルはバイクがあるしねえー。でもハーレー買わないんでしょ、もとい、買えないんでしょ…だって。ちっ。
 クルマならどんなクルマでも乗りたかった時代も、プラモデルならどんなプラモデルでも作りたった時代も、もう通り過ぎてしまったような気がしている。そういえば贅沢は望んでいないけれど、どうせ喰うなら不味いもので腹を膨らませたくはないとも思う。旨くはないけど腹は塞がった、というのが一番寂しい。人間旨いものを食べた時ほど幸福感を覚えるものだ。それもこれも「もう先はそれほどなく、機会は限られている」という深層心理が働く結果ではないかと思っている。あたしたちには無駄な時間はないのよ。今を大切に精一杯やらなくちゃいけないのっ、と古いスポコンもののような台詞が頭の中をぐーるぐる。いや、ネガティブシンキングのようで悲観的なようで絶望的なようだが、そう考えることで今の1分1秒を大切にするという前向きな姿勢が生まれるのだ。よっしゃあ、懸案の三和1/X、ホンダXXーXCX7Xの製作を開始しまっせーっっ!! ん~、でもやっぱり箱を開けるのは明日にしとこう…ワシのばかあ~(続く)

モデルカーズ的こころ(44)

 既に聞き及びの方も多かろうとは思うが、東京恵比寿のミスタークラフトが消滅した。模型店としては老舗で、'90年代以降、スロットレーシング復権やF1人気台頭などの時代を巧みにリードし、我が国が誇るホビーの殿堂として君臨し続けて来た。ちょうどモデル・カーズが誕生し成長し続けていた頃、「好きだからクルマだけ」をコンセプトに掲げ、自動車モデル専門店へと転身をはかるなど、大胆な経営手腕で業界に刺激を与える大型専門店でもあった。更にはモデラーズの自社ブランドを立ち上げ、ガレージメーカーを超えた新たなプラモデルメーカーとしての活動にも邁進した。しかし、次第に自動車モデルのみならず、プラモデルを筆頭にした組み立てモデルの需要が激減していく中で、近年の取り扱い商品構成が本来の屋台骨であるミニチュアモデルからファンシーグッズへと変貌していた事は否めない。そうした意味において既にミスタークラフトの役目は終わっていたと言えるのだろう。かつてミスタークラフトには欲しいものが何でも手に入るという信頼感があった。また特段欲しいものが無かったとしても、何か面白いものがありそうでワクワクさせてくれた。確かにそうした往年の勢いは影を潜めてしまっていたが、それでも在庫量豊富な大型店舗である事には変わりがなかった。ミスタークラフトの終焉はひとつの時代の終わりを感じさせる。それは恐らくプラモデル世代の栄華の終焉である。それだけにボクたちには故郷を失ってしまったかのような喪失感ばかりが残った。
 未だモデル・カーズが世間的に認知されておらず、取次も中々冊数を取ってくれず販売部数が伸び悩んでいた頃も、ミスタークラフトでは大量に仕入れ大量に売ってくれた。発売日に書籍コーナーの平台で高く積み上げられたモデル・カーズを見るのが嬉しくてたまらなかった。ありがたくてたまらなかった。その光景はひとりきりでモデル・カーズと格闘し続けていたボクに、いつも勇気を与えてくれたものであった。「書店を回っても無かったけど、ミスタークラフトに行ったらあったので買いました!」という声をどれだけボクは聞いただろう。苦しかったけれど辛かったけれど、そうした声がいつもボクには励みとなった。あの頃、ミスタークラフトはボクにとっても特別な存在であったのだ。そのミスタークラフトが無くなってしまった。悲しいとか寂しいとか、そうした平板な言葉だけではとても表しきれない何かがボクの心で渦巻いている。大きな空洞の中を風が吹き抜けている。
 20年ほども昔、恵比寿は未だ静かな街であった。華やかな恵比寿ガーデンプレイスもなく、JRの駅舎も現在のように立派な佇まいではなかった。直ぐお隣に代官山を抱えていながらも、駒沢通りに面して駄菓子屋さえ残っており、ちょっと裏筋に入れば古い町並みと雑然とした飲み屋街が続いていた。ボクはそうした裏筋にジープを停めては、クラフト(ボクたちは親しみを込めてそう呼んでいた)に取材や買い出しなど公私にわたって通いつめたものだった。またクラフトを通して業界の様々な人たちと知り合い、恵比寿界隈の小さな焼き鳥屋などで酒宴をあげたのも懐かしい。そこには編集者、執筆家、カメラマン、イラストレーター、クラフト関係者など、未だ30前後の働き盛りのクリエイターたちが集結し、模型や雑誌の理想を喧々諤々語り合った。実際、その席から実現していったものとてひとつやふたつではなかった。楽しかった。仕事が楽しかった。ゼニかねよりも情熱が優先した若き良き時代であった。ミスタークラフトと共にそんな時代も過ぎ去ってゆく。(続く)

プロフィール

平野克己(ひらの・かつみ)

MC誌の最前線を長うお准将に託し現在はフリーランスの予備役として活動中。湘南鎌倉で猫的スローライフを提唱しつつ、国産プラモデル史の編纂に尽力する日々を送る。永年飼ったコブラ427S/Cを手放しMC(Motorcycle…Modelcarsではありませぬ)復帰を密かに目論む。自称昭和プラモ小僧の60歳。座右の銘は心情溢るゝ軽薄さ。

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