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2008年10月09日

モデルカーズ的こころ(44)

 既に聞き及びの方も多かろうとは思うが、東京恵比寿のミスタークラフトが消滅した。模型店としては老舗で、'90年代以降、スロットレーシング復権やF1人気台頭などの時代を巧みにリードし、我が国が誇るホビーの殿堂として君臨し続けて来た。ちょうどモデル・カーズが誕生し成長し続けていた頃、「好きだからクルマだけ」をコンセプトに掲げ、自動車モデル専門店へと転身をはかるなど、大胆な経営手腕で業界に刺激を与える大型専門店でもあった。更にはモデラーズの自社ブランドを立ち上げ、ガレージメーカーを超えた新たなプラモデルメーカーとしての活動にも邁進した。しかし、次第に自動車モデルのみならず、プラモデルを筆頭にした組み立てモデルの需要が激減していく中で、近年の取り扱い商品構成が本来の屋台骨であるミニチュアモデルからファンシーグッズへと変貌していた事は否めない。そうした意味において既にミスタークラフトの役目は終わっていたと言えるのだろう。かつてミスタークラフトには欲しいものが何でも手に入るという信頼感があった。また特段欲しいものが無かったとしても、何か面白いものがありそうでワクワクさせてくれた。確かにそうした往年の勢いは影を潜めてしまっていたが、それでも在庫量豊富な大型店舗である事には変わりがなかった。ミスタークラフトの終焉はひとつの時代の終わりを感じさせる。それは恐らくプラモデル世代の栄華の終焉である。それだけにボクたちには故郷を失ってしまったかのような喪失感ばかりが残った。
 未だモデル・カーズが世間的に認知されておらず、取次も中々冊数を取ってくれず販売部数が伸び悩んでいた頃も、ミスタークラフトでは大量に仕入れ大量に売ってくれた。発売日に書籍コーナーの平台で高く積み上げられたモデル・カーズを見るのが嬉しくてたまらなかった。ありがたくてたまらなかった。その光景はひとりきりでモデル・カーズと格闘し続けていたボクに、いつも勇気を与えてくれたものであった。「書店を回っても無かったけど、ミスタークラフトに行ったらあったので買いました!」という声をどれだけボクは聞いただろう。苦しかったけれど辛かったけれど、そうした声がいつもボクには励みとなった。あの頃、ミスタークラフトはボクにとっても特別な存在であったのだ。そのミスタークラフトが無くなってしまった。悲しいとか寂しいとか、そうした平板な言葉だけではとても表しきれない何かがボクの心で渦巻いている。大きな空洞の中を風が吹き抜けている。
 20年ほども昔、恵比寿は未だ静かな街であった。華やかな恵比寿ガーデンプレイスもなく、JRの駅舎も現在のように立派な佇まいではなかった。直ぐお隣に代官山を抱えていながらも、駒沢通りに面して駄菓子屋さえ残っており、ちょっと裏筋に入れば古い町並みと雑然とした飲み屋街が続いていた。ボクはそうした裏筋にジープを停めては、クラフト(ボクたちは親しみを込めてそう呼んでいた)に取材や買い出しなど公私にわたって通いつめたものだった。またクラフトを通して業界の様々な人たちと知り合い、恵比寿界隈の小さな焼き鳥屋などで酒宴をあげたのも懐かしい。そこには編集者、執筆家、カメラマン、イラストレーター、クラフト関係者など、未だ30前後の働き盛りのクリエイターたちが集結し、模型や雑誌の理想を喧々諤々語り合った。実際、その席から実現していったものとてひとつやふたつではなかった。楽しかった。仕事が楽しかった。ゼニかねよりも情熱が優先した若き良き時代であった。ミスタークラフトと共にそんな時代も過ぎ去ってゆく。(続く)

投稿者 平野克巳 : 2008年10月09日 19:03

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