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2009年02月18日

モデルカーズ的こころ(60)

 今だから話そう…グリコ森永事件のキツネ目の男とはボクである。嘘である。本当のところはネコ目の男がボクである。それもまた嘘である。くだらない枕を振ってしまった…。ボクは喰えなかった時代(現在もそうだがそれは置いておく…)、トラックの運転手で生計を立てていた。勤務先は食材の宅配会社で、ボクの仕事は工場から各営業所に宅配セットを1日400から600個ほどを運ぶ仕事であった。ボクの受け持ち車両は三菱キャンター2.75t、ワイドキャブ、長尺ボディで、パワーがあって良いクルマだった。荷下ろし先の営業所は所長以外、主任も配送ドライバーさんも全て女性という「桃園」であった(笑) やがて本部長に気にいられ、加工場工場長として就職しないかと勧められた。ボクが30歳の頃の事である。
 あれから永い年月が過ぎた。あの食材会社も既に無く、本部長の勧めに従わなくて良かった、とも思うが、人生には様々な岐路がある。工場長の座を蹴って(苦笑)ボクは現在の物書きへと身を置いたのだが、一体これまでどれだけの文字を紡いで来たのだろう。ボクの書いた文字は一文字何銭、いや何厘? 何毛? なのだろう。
 この世界、特に物書きという稼業は「先生」と呼ばれるようにならなくては、それだけで生計を立てるのは難しいといわれる。つまり名前でギャランティに付加価値が付くという事である。いずれにしてもボクは文芸モノはやらない(出来ない?…それが真理かもしれぬ…)から先生などという冠とは初めから無縁ではあるのだが、根っから無頼の徒を気取るボクとしては「先生なんぞと呼ばれるようになったらオシマイだぜ~」などと常々ホザいては呵々と笑い飛ばし続けて来た。だが雑文書きという生業は何時まで経ってもまともな暮らしなど出来ない。それはお前の才能と努力が足らんからだろう、と言われればそのとおりかもしれぬ。だが、実情は憲法に保証されている最低限度の生存権さえ実に危ういのだ。それでも必死に書き続けてきた。「真っ当な暮らし」を目指して書き続けてきた。ベースアップなどとは無縁な業界であり、一文字当たりのギャラが上がらぬとなれば、これはもう数頼みである。少しでも多く書く事こそがボクたち下請け、フリーの物書きの財源である。だがしかし…この大不況はただでさえ少ないボクたちの仕事量を更に減らし続けている。大丈夫なのかオレ。生き残れるのか(文字通りの意味である)ねこのや。嗚呼、なんだかボヤキばかりになってしまった。(続く)

投稿者 平野克巳 : 2009年02月18日 18:22

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