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2009年02月04日

モデルカーズ的こころ(58)

 今だから話そう…モデルカーズを企画立案したのもmodel carsの書名発案もボクではない。いや、これは何も秘密でも何でもなく、これまでにもあちこちで書いてきた。自動車の模型…それはイコールプラモデルの時代だった…の専門誌(というか単発のムックが考えられていた)を企画として立ち上げたのは、かつてNEKOの編集部に在籍していたM君であった。そして本のタイトルを提案したのは現在もNEKOに籍を置くPさんである。本の実際の内容については基本コンセプトも併せてボクが受け持つこととなった。ムック形式の雑誌媒体にも関わらず表紙に「編著」のクレジットが入ったのは当時としては少数派ではなかったかと思う。これは請け負う上での条件としてボクがS社長にお願いし受理されたものだ。勿論、若かったから自分の名前を冠したいというプライドもあった。だが、それよりは記名にすることで1冊まるまるの責任を追い自らの退路を絶つという覚悟の決意表明の意味合いが強かった。
 実際、プロの物書きとして活動するようになって、自らの仕事に責任を持つというのは、非常に大切であり、かつ重要であることが身に染みるようになった。何気なく好き勝手なことを書く訳にはいかない。何しろ印刷物となって世間に公表する訳である。扱う人、物に対して必要と思われる以上の配慮がなくてはならない。しかし、だからといって提灯記事や妥協記事は書いてはならない。ましてや嘘は厳禁である。また他人様の記述をそのまま流用するのも御法度である。確かに私も若い頃に孫引きをしなかったとは言わない。ただ、必ずその裏は取る。ひとつの記述を鵜呑みにしてしまうことほど恐ろしいものはないのだ。自らの仕事を名乗るとはそういうことなのだ。ひとつ間違えば全ての地位(初めから無いけど…)も積み上げた実績も全てが灰燼と化す。
 とはいえボクはその昔、結構無記名原稿、偽名原稿を書いている。主に自動車雑誌が多かった。ロータスヒストリー、MGの全て、トライアンフ(トライアンフと打ち込むと虎の慰安婦と変換される…)の系譜…などなどである。何れもカーマガジン編集部時代である。勿論副業な訳だが、ボクはその時点ではNEKOの正社員ではなく嘱託扱いであり、会社公認であったので念の為…(苦笑) 今だから言うがやはり無記名原稿の仕事は正直気楽であったことは否めない。まあ中には先方の編集部自体が「○○ページが埋まってればいーんすよー」的な適当オーラを発散してるところもあって、そんな時はより一層無責任気分へと傾いた。ゼニを貰って文字を紡ぐ以上、これではいけないと強く感じた。以来、ボクは記名原稿の仕事しか受けないことにしている。(続く)

投稿者 平野克巳 : 2009年02月04日 18:37

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