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2009年03月25日

モデルカーズ的こころ(65)

 今だから話そう…。以前、当該ブログで触れた事があるのだが、深夜にボクひとりがモデル・カーズ誌面販売のレジン製1/24シャパラル2Dの発送梱包作業を行っていた時の話だ。それは深夜をとうに回った頃だったと記憶する。納入されたレジンやホワイトメタルのパーツをひとつずつパッケージ梱包していた。それをたまさかやって来て可笑しそうに笑ったのが、先日他界してしまったデザイナーのSであった。「それ売ると平野さんは幾ら儲かるの?」と聞くので「一銭も入らないよ」と答えた。その途端Sの顔からからかいの笑みが消えた。そしてSは何も言わずに地味な作業に加わってくれたのだ。ボクはその時のSの事を今でも忘れない。Sとはそんな男であった…そんな事をつらつらと想いながら、海岸線の134号をバイクで走った。切る風は温み痛くはなくなったが、未だ心の中の痛みは消えない…。葉山から逗子、そして鎌倉へと海沿いを走る。ようやく春めいて来たと言うのに、ボクの気持ちまでもは軽やかにはしてくれない。道ばたにFRPの切れ端が落ちている。バンパーだろうと見当をつけた。事故があったのだろう。本当は慣れてしまってはいけない事だけれど日常的な光景だ。ちらと見ただけで通り過ぎた。その先のカーブを曲がった。今度は道の中央に生き物の死骸が転がっていた。正確に言うなら転がっていたと言うよりは潰されていた。毛足からして犬でも猫でもない。ああ、狸が轢かれたのだな。これもまた、こちらのほうでは割りと日常的な光景である。ちらと視線を移しただけで、注意を前方に戻した。狸…た、たぬきぃ??…こんな海際でかいっ!!…狸って… 確かにこの辺りは山が未だ残っているので、タヌキや野ウサギやハクビシンが生き残っている。だが、道路に迷い出たりしたところを目撃する機会は、最近ではめっきり減っている。やはり開発の波はひたひたと押し寄せているのである。それよりも何よりもこんな海岸ぷちでタヌキとは、一体どこから迷い出て来たものなのか。それも不思議だったが、そんな無惨な骸を見る度にボクは思う。こうして生きている事は決して当たり前な事ではないのだと。生きているとはそれ自体が奇跡である。奇跡が無くなると鬼籍になる…巧いっ!!…って、林家一門かっ!! 無事に生きているとは凄い事である。亡くなってしまった幾多の友人たちを想う度に、ボクは何故生きているのだろうかと自問自答してしまう。そして明日もまた何事もなく生きていられるのだろうかと思案してしまう。そんな事を一切考えず、日々、黙々と目の前の現実に立ち向かい、真剣に生きる、それもまた結構。だが、ボクは生と死を見つめながら、やるべき時にやるべき事を実行するように心掛けている。明日でいいや、来週でいいや、いつかやりゃいいや、なるたけそうした考えを持たないように戒めている。だが、それは中々出来ない。(続く)

投稿者 平野克巳 : 2009年03月25日 16:42

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