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昭和のプラモ歳時記「プラモ小僧走る―回想―」其の11

 きつく閉じた目蓋の中に青空が拡がっていく。もう先ほどまでの痛みも消えた。今はただ冷たく静謐な空気を胸一杯に吸い込んで、心の底まで染み渡っていく安堵と平穏に身を委ねていることが心地良いばかりだ。懐かしい匂い。永い歳月を過ごしたこの家の匂い。畳に染み込んだ太陽と風と海の匂い。煙草とコーヒーと、日溜まりのような猫の匂い。そして僅かに残るあの有機溶剤の滲みるような匂いも。そうした慣れ親しんだ匂いたちに包まれて、私は目蓋の中の青空を見上げる。抜けるような蒼さにちりばめられた綿毛のように白い雲。そして雲は千切れて舞い落ち始める。いや、そうではない。はらはらと降り注いでいるのは桜の花びらだ。僅かな紅で化粧をした淡雪のような、可憐な花びらが私の頬を撫でていく。今年もまた桜を見ることができた。来年も桜が見られるだろうか、もう何年もそうした思いにかられながら春を過ごしてきた。一年、また一年、桜を見ることのできる喜び、そして同時にいつまで叶うのかも分からぬ切なさ。だが、それもようやく終わる。それは永年背負ってきた重荷を降ろすようなものだ。そう思うだけで身も心も軽やかになり、この世の全ての煩わしさから解放される気分だ。この穏やかな気持ち。猫の背のように安らかで優しい温もり。鬱陶しいもの全てを脱ぎ捨てたような限りない自由が全身に充ちていく。同時に昂揚とした気分に包まれて、背中の見えない翼が音も無く羽ばたく。その時、一陣の風が舞って桜の紅が霧散した。走れる、今なら走ることができる、風のように、あの少年の日のように。私は少年の日と同じに桜吹雪の下を走った。颯爽と走った。それはとても爽快な気分だった。

 少年が桜並木の下を走っていく。脇目もふらず一目散に桜並木の下を駆け抜けていく。風のように。その少年はボクだ。学校が終わった夕暮れ、ボクは二日間の禁欲から解放された喜びで有頂天なのである。右手の掌の中には10円銅貨が3枚握られている。一日10円のお小遣いを二日間節制し、三日目の今、目的に向かってひた走っている。目指すは桜並木の彼方の天野屋。駄菓子屋だ。そこでボクを待っているのはプラモデル。ボクの大好きなプラモデル。
 ボクはプラモデルというものと天野屋で初めて出逢った。薄ぼんやりとした黄色い裸電球に照らされて、ボクが天野屋の土間で初めてプラモデルを見たのはつい最近のことだった。元々駄菓子よりは駄玩具の好きだったボクだが、日光写真や銀玉鉄砲や当たり籤のアンチモニー製のレーシングカーなどとは明らかに異質な雰囲気の小箱にたちまち魅了された。ある日突然やって来たその小箱にはカラーで戦闘機の絵が描かれていた。最初に手に取ったのは地上を低空でフライパスしロケット弾を発射するF-51Dムスタングだった。Fの名称が戦後の空軍を意味することさえ知らなかった当時のボクだが、P-51Dムスタング(マスタングの呼称はのちに使われるようになったもので、当時はムスタングと呼ばれるのが普通だった)といえば第二次世界大戦最高の傑作戦闘機として大好きな機種だった。そのムスタングの何だろう...キャラメルのような箱のべロを開けて掌に振り出してみると、それはビニール袋に詰められバラバラになった飛行機だった。胴体や主翼、尾翼や風防が分解されたようにがちゃがちゃと詰められていたが、それでもP-51Dムスタングであることを瞬時に見てとった。バラバラに分解されていても部品のひとつひとつがちゃんとムスタングの姿になっているのだ。それに昇降舵や水平舵、方向舵などの補助翼、排気管などの細部もきちんと彫刻されていた。そして、何よりも驚いたのはその質感だった。ツルツルとして固く冷たい感触。それまでの木やアンチモニーとは明らかに異なった金属のような肌。それでいて羽根のように軽い。それがプラスチックという樹脂で作られたプラモデルという名の新しい玩具との邂逅だった。まさにカルチャーショックであった。こんなに小さくて、それでいてまるで本物のように良く出来ている。感動と興奮の波が一気に押し寄せ、そしてボクは瞬時にプラモデルの虜となった。
 こうしてボクはプラモデルと出逢った。それが三共の1/150ピーナツシリーズであったのは改めて言うまでもないだろう。天野屋の薄暗い土間に並ぶピーナツシリーズは精々が一遍に2~3種類。そして一種類当たり2~3個が渡り相場であった。何のキットに出逢うかは運次第、買えるか買えないかも運次第である。30円が溜まる三日間を待つうちに欲しかったキットが消えてしまうことなど日常茶飯事である。そんな時も諦めて手ぶらで帰ったりはしない。スピットファイアが欲しかったとしても、その場に隼しかなければ一式戦隼へと瞬時に宗旨替えする。なにしろ、ともかくプラモデルが欲しかった。欲しいものであろうがなかろうが、プラモデルでありさえすればそれで良かった。それほどまでにボクはたちまちプラモデルの虜になっていたのだ。
 しばらくは三共のピーナツシリーズに夢中だった。なにしろ天野屋にはプラモデルがピーナツシリーズしかなかったのだから。零戦、隼、飛燕、二式水戦、雷電、震電、晴嵐、93中練、Me109(Bfではない...)、ハリケーン、スピットファイア、ニューポール17、スピリットオブセントルイス、F-104、シーホーク、それはそれは沢山のキットを作った。そしてボクの部屋の押し入れはピーナツ空軍の飛行場となった。

プロフィール

平野克己(ひらの・かつみ)

MC誌の最前線を長うお准将に託し現在はフリーランスの予備役として活動中。湘南鎌倉で猫的スローライフを提唱しつつ、国産プラモデル史の編纂に尽力する日々を送る。永年飼ったコブラ427S/Cを手放しMC(Motorcycle…Modelcarsではありませぬ)復帰を密かに目論む。自称昭和プラモ小僧の60歳。座右の銘は心情溢るゝ軽薄さ。

2014年10月

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