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2011年7月 8日

昭和のプラモ歳時記「プラモ小僧走る―回想―」其の18

 昭和30年代は未だ古き日本の伝統風景が残されていた時代だ。街はコンクリートやアスファルトで覆われてはおらず、木と土と樹木と風で充ちていた。それはとりもなおさず自然と折り合いをつけて生きていたということだ。木造家屋はいずれも二階建てどまりで、高層ビルやタワーマンションなどなかったから空は大きく広く近かった。桜並木を見上げては、その先に拡がる青い空をいつも仰ぎ見て暮らしていた気がする。だから今でもビルの谷間を歩いていると息が詰まる。遠く小さく切り取られたような空を見上げては訳もなく不安になる。あの頃、ボクたちは確かに「太陽と青空の子供」だった。それだけはあの時代が懐かしい。
 一面見渡す限りの畑があり、どこまでも続く水田があった。草原と見紛うような広大な野原も、鬱蒼とした雑木林も、自然のまま手付かずの小高い里山もあった。ボクたちはそうした所を通って学校へ通い、日々遊び回った。雑木林の中で見知らぬ浮浪者に出くわし血相変えて逃げ惑ったり、おたまじゃくしの死骸が敷き詰められたように累々と拡がる干上がった水田に呆然としたり、辺り一面で無数に蠢くガマ蛙に驚愕したり、ライギョをウナギと信じ陽の沈むまで釣り糸を垂れたり、身近な自然はボクたちに様々なことを体験させてくれる校外学習の場だった。そうした小さな自然の驚異の中では、現代の都会暮しでは感じられぬ八百万の神や物の怪への畏怖や畏敬の念も芽生えた。ボクたちの時代にはかまいたちだの神隠しなどという迷信が日常的に会話にのぼった。暗闇には超自然な力が潜んでいると本気で信じた。だから遠出してうっかり陽が沈んでしまうと、帰り道には沢山の妖怪変化が待ち受けていた。なにしろ闇は無数にあった。見知らぬ家の門柱の影さえ恐ろしかった。
 現代社会は眠らない。コンビニは24時間煌々と明りを灯して、街頭が寝静まるなどということもない。街はまるで不夜城だ。だがあの頃、夜は人の営みから別の何かの営みへと姿を変える時間だった。ボクたちはしっかりと戸を立て、薄ぼんやりとした白熱球の電気の下で、牛乳配達のガラス瓶が擦れ合う朝の音をじっと待った。そうした夜のしじまの中でボクはいくつかのプラモデルに巡り会った。それは天野屋で買ったのでなく、夕刻郵便ポストに投函されていた茶封筒入りのものだった。通信販売で買ったものである。ボクはプラモデルをそうした通販でいくつか買った。少年雑誌の編集部が代行して販売していたもので、送料を含めた代金分の郵便切手を同封して注文する。別に割安な訳ではない。天野屋になければ雑誌通販に頼るくらいしか当時のボクには知恵がなかった。初めてそうして買ったのは多分、三和マメプラシリーズのX-15だろう。定型の茶封筒にパッキンもなくそのまま入れられていたパッケージは見事に潰れて歪んでいたが、それでも封を開けた時の興奮は天にも昇らんばかりのものだった。だが、通販で最も鮮烈な思い出となって残っているのは日本模型1/15ホンダスーパーカブだ。これは100円したからボクとしてはかなり思い切った出費であった。一日10円を送料分まで含めて貯えたのか、それとも祖母から臨時収入を得たものなのか、おそらくはそのどちらかしかあり得ないのだが、既に今のボクにはそれが思い出せない。ともかくざら紙ページの粗悪な完成写真に惹かれ申し込んでから、一日千秋の思いで待っていたのだ。しわくちゃになった茶封筒を開けると、ちょっと潰れかけた白い箱。左すみの赤いNichimoのペナントマークが目にも鮮やかだ。実車の写真にキットへの期待がいや増す。なにしろ実物は見たことがない。自転車にエンジンを着けた(原付、原動機付き自転車のいわれはここにある)、やたらバタバタとうるさい原付は何度か通りで見かけたが、こんな洒落たオートバイはこの辺りには走っていなかった。飛行機や戦車は当然だったが、自動車やオートバイでさえプラモデルでしか知らないモノが沢山あった。自転車でさえ一家の財産であった時代だ。ましてやオートバイなど、そうそうどこにもあるような乗り物ではなかった。ボクの生活圏でエンジンの着いている乗り物といえば、大通りを走る路線バス、駅前営業所に停まる日通のトラック、ウチに配達に来る菓子問屋のミゼット、友だちのお父さんのラビット、町内の内科医院のオースチン(ケンブリッジ)、そしてお隣りのスズライト・フロンテくらいなものであった。自身の生活に密着していなかっただけに余り実感が湧かず、自動車もオートバイもプラモデルの世界だけの存在のような気さえしていた。
 ガラスシェードのついた白熱電灯のもと、抑えられない高揚感と共に蓋を開ける。そこには想像を超えた感動が詰まっていた。車体はブルー、ホイールはシルバー、サドルシートは海老茶でモールドされ、レッグシールドやサイドカバーにはアイボリーの塗装さえ施されている。その上、ウインカーレンズは透明オレンジで成型された別パーツが入っていた。なんと贅沢なプラモデルであることか。開いても開いてもクルリンと丸まってしまう巻き物のような組立説明書を見ると、細かなパーツも沢山あった。これまで数えればパーツが両手の指で足りてしまうキットばかりを作ってきたボクにとって、ニチモのカブは初めての「超精密モデルキット」であった。「早く歯磨いて寝なさいよ」の母の声を上の空で聞きながら、ボクは箱の中身を食い入るように見つめ続けた。とてもいきなり手をつけられるとは思えなかった。これは心せねばならない...子供心にもそう思った。黄色い明りに包まれて夜は音もなく時を刻んでいた。

投稿者 平野克巳 : 2011年7月 8日 19:13

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