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2011年9月アーカイブ

昭和のプラモ歳時記「プラモ小僧走る―回想―」其の23

 少年雑誌の主流が月刊から週刊へと移り変わっていったことにも象徴されるように、ボクたちの日々の暮らしは次第に忙しなくなっていった。それでもそのスピード感は現代のそれとは随分と違ったものではあったけれど。そこには確かに社会的な変化もあっただろうが、概して時間的な観念を微妙に変化させたのは、ボクたちが少しずつ大人に近付いていったことの表れであったのかもしれない。学校が半日で終わってしまう土曜日には、一体午後を何をしてどう過ごそうかと迷うほどだったし、夏休みの40日間などは永遠とも思えるほどに永い日々であった。少年時代の日々はなぜあれほどに悠久の時の流れのように思えたのだろう。それでも、ちょっとずつちょっとずつ時間の観念、毎日のサイクルは加速していくようだった。ボクたちの日常でそれを感じさせたのは少年雑誌のありようだったかもしれない。月刊の時代は次号の発売をそれこそ首を長くして待った。しかし週刊が普通となるや、僅か数日が待ち遠しくてたまらなくなった。何かのスパンが短くなればなっただけ、ボクたちに根気強さは失われていった。生活サイクルが月単位から週単位へと変わり、少年雑誌から得た情報もその分だけ目まぐるしく変化し、忘れ去られたり飽きられたりするのも早くなった。
 ボクらは活字文化の最後の世代であり、また戦記ブーム真っただ中の世代でもあった。ボクたちが物心ついた頃には戦後の傷跡はほとんど残っていなかったと言って良いだろう。確かに都心には未だ白衣でアコーディオンをひく傷痍軍人の姿は見られたが、進駐軍の姿も戦災跡も既に姿を消していた。だから身をもって戦争を実感したことなど何ひとつないはずだ。そんな戦後世代のボクたちが少年文化の洗礼を受け、知識として身に纏ったのは皮肉なことにも戦争そのものであった。少年雑誌の冒頭特集、カラー挿し絵、絵物語はまさに戦争一色であった。もちろん過去を振り返るばかりではなく、最新の世界情勢も誌面を賑わせていたが、音速の壁に挑戦するXシリーズ、最新鋭ジェット戦闘機、原子力で航行する潜水艦、巡洋艦、空母、未来の超兵器など、やはり多くは戦争兵器に割かれていた。だが、当時の少年たちの胸を熱くし夢中にさせたのは戦争に敗れたボクたち同胞の物語だった。GHQによって矯正された戦後日本の思想教育は、学校教育により民主主義平和国家を尊ぶことが徹底された。そして天皇制、神道、軍国主義などはその文字自体さえも封印された世情の中でボクたちは育った。しかし戦争世代によって発信される少年文化の世界では、勇壮、壮絶、勇猛果敢などの勇ましい美辞麗句が踊り、惨たらしく悲しい国家の歴史をことさら悲哀をこめて強調し続けていた。もちろん、それは既にプロパガンダを源流とした確信犯的なものではあり得ず、単なるノスタルジアに過ぎなかった。だが、繰り返し刷り込まれる同胞たちの悲劇は、ボクたちに微妙なナショナリズムを芽生えさせたこともまた事実だった。そこに零式艦上戦闘機や戦艦大和へ傾倒する素地が生まれたのだろう。
 誌面は旧日本軍の兵器や戦記で溢れていた。連合艦隊の全て、無敵の傑作戦闘機ゼロ戦、不沈戦艦大和の最後、伊○×号潜水艦浮上せず、×○戦線敵中突破、必殺B-29撃退秘密兵器、などなど。毎月あるいは毎週、そうした特集記事に浸るうち、ボクたちは知らず知らず小さな軍事評論家への道を辿っていった。もはや少年たちは誰もが兵器博士だった。今なら兵器オタクなどと異端視されそうだが、なにせ誰もがそうだったので変わり者扱いされるようなこともない。この時代、ゼロ戦(子供の世界では零戦と呼ぶ者などいなかった)と大和を知らぬ少年など居なかったろう。そして、やがては震電や流星、橘花、富嶽に歴史の「もし」や「たら」を夢見たり、ナチスドイツの可変翼ジェット戦闘機や巨大戦車マウスなど奇想天外兵器で一席ぶつような、立派な軍事アナリストへとも成長してゆくのだった。ただ微熱のようなナショナリズムを秘めながらも国粋少年はひとりもいなかった。大人たちが"グラマン"と呼ぶF-6Fヘルキャットにはヒールの印象を重ね、B-29には憎しみにも似た感情を抱いた。それは敵国アメリカを憎むという感覚ではなく、戦争そのものを憎悪し嫌忌し悔いる心であった。今の若者の心の中では風化してしまったかのような広島、長崎の惨状を、ボクたちは心の痛みとして抱いていた。だからB-29を意識的に避けていた節があって、あれだけプラモデルに熱中していたボクたちながらB-29には決して手を出さなかった。サンワの100円キット、マルサンの1/100、そしてデラックスなオオタキの1/85、振り返れば魅力的なキットが居並んでいたのにだ。とりわけオオタキのB-29は少年雑誌の広告で良く宣伝されていて、その内容に心ときめいていたにも関わらず...。ペン立てとインク壷が備わった飛行場のディオラマ仕立てとなったディスプレイスタンドの上で、ライトを点滅させつつプロペラが回転する、これはなんとも魅力的であった。だが、それはB-29なのだ...おそらくB-17であったら「なんとしても欲しいプラモデル」の筆頭ではなかったか。B-17なら良くてB-29では駄目、という感覚はいかにも島国根性丸出しだが、当時の子供の国際感覚などはその程度のものであった。のちのエアフィックス1/72などを手掛けるようになった頃には、好みの機体に改造するなどはごく普通のこととなったが、やはりエノラゲイやボックスカーを作ろうという意識は皆無であったように記憶する。ちょうど零戦や隼に爆弾を抱かせた特攻機を、決して作りたいとは思わなかったのと同様に。
 戦記ブーム真っただ中の少年雑誌文化こそボクたちの原体験であったかもしれない。当時、マンガは子供たちの健全な育成を阻むとヒステリックなまでに糾弾され、戦記ものは右傾化を助長すると嫌悪された。だがボクたちにはボクたち独自のモラルがちゃんと存在し、危うい大人へと向かわぬための抑止力が歯止めとなって効いていた。それは現代に較べれば情報のモラルハザードがずっと低レベルにあったせいだろうか。少なくとも今日のように子供社会にまでも平然とエログロが氾濫流出するような時代ではなかった。

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プロフィール

平野克己(ひらの・かつみ)

MC誌の最前線を長うお准将に託し現在はフリーランスの予備役として活動中。湘南鎌倉で猫的スローライフを提唱しつつ、国産プラモデル史の編纂に尽力する日々を送る。永年飼ったコブラ427S/Cを手放しMC(Motorcycle…Modelcarsではありませぬ)復帰を密かに目論む。自称昭和プラモ小僧の60歳。座右の銘は心情溢るゝ軽薄さ。

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