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2012年10月アーカイブ

人間万事塞翁が馬

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 永年勤しんで来た物書き稼業から足を洗った。いや、もっと厳密に言うなら本作りで、編集業務で禄を食む事に見切りを付けたということだ。加速度的に落ち込んでいく出版不況の中、好きなればこそ耐えて耐えてこの稼業にかじり付いて来た私だが、とうとう蓄えも底を尽き、日々の生活も成り立たなくなった。もはや何処の出版社でも本を作らせて貰えぬばかりか、単発の原稿さえ書かせては貰えぬ惨状に至り、物書き稼業に見切りを付ける時と決心した。三人の子供たちもそれぞれ結婚して独立し、今では初老の夫婦二人、そして老いた母と三匹の猫が住まうのみのささやかな日々の糧さえ得られぬこの業界に、これ以上固執したところで先の望みとてなく、ならば潔く撤退すべきと決断した。昨年の秋深まる時分のことである。
 しかしながら財を成した訳でもなく年金で生活維持が可能な訳でもないので、糊口を凌ぐ為には働かざるを得ない。この厳しい社会現実の前に60歳を目の前にした私に、おいそれと働き口がある訳もなく、無理を承知で土方になった。それ以外に即座に就ける職がなかった。ハローワークにも行ったが、私のようなキャリアはどこも求めてはいないからだ。還暦直前にして人生の厳しい決断であった。土方と書いたとおり、まさに作業服に腰道具を下げた外仕事に従事している。まあヘルメットだけは滅多に被ることもないが。
 職場は鎌倉鶴岡八幡宮である。と言っても別に八幡宮の職員なのではなく、八幡宮専門の下請け環境工事会社で、待遇も正社員でなくあくまでも従事者全員がアルバイトである。幸いなのは70歳定年制だけで、交通費さえ支給されない。仕事内容は基本、八幡宮の施設管理、保守点検というかメンテナンスが主で、もっと具体的に言うなら日々の清掃、参道の整備、樹木の手入れなど多岐に亘る。そして祭事の準備から撤収などといったお宮ならではの業務も頻繁に行われる。お宮内という特殊な環境もあって、工事などは極力機械化しないのが特徴で、鉄骨や鉄パイプなどの運搬など致し方ない場合を除き、物資や工具の運搬はあくまでもリアカーを用いた人力で行う。日々、お宮の黒子、陰、草としての存在であり、決して参拝者に対して目立ってはいけないのだが、祭事などで借り出され公衆の面前に立たなくてはならぬ場合には、八幡宮の代紋を背負った印半纏を着用する慣しである。作業着に半纏という不思議な姿ではあるが、年末年始、そして節分や流鏑馬、例大祭など幾多の年中行事の際にはそれがユニフォームとなる。
 砂利道や土道の保守、祭事の際の桟敷や木柱建立、規制柵、バリケード、テントの設営などの土木工事から、祭事舞台やお札授与所などの建物の設営と撤収、樹木の伐採や剪定、細かくは雑草の除草、白鳩の世話に至るまで、八幡宮という文化遺産施設を維持する為のあらゆる業務が包括されて行われている。お宮と共に活動している訳であるから、ざっくり言えば日の出と共に就業し、日の入りと共に終業する。まあ簡単に説明するなら、昨年の暮れからそんな日々をずっと過ごしている。
 来年には還暦を迎える我が身にとっては、決して容易い仕事ではない。慣れない業種であるばかりか、使い慣れない玄翁やインパクトレンチなど工具にも精通せねばならない。またそれ以上に求められるのが神事ならではの作法など、細部に至るまでの決まり事だ。力仕事をしている向きなら南京縛りはご存知の事と思うが、縛り目は男結びなどの決めごとも多い。蝶々結びなどしようものなら張り倒される。ささやかな人生を維持する事の何と大変な事か。
 物書きを全くやめてしまった訳ではない。未だ僅かな連載や、たまの原稿依頼もあるからだ。あくまでも余暇、趣味でしかないのだけれど...。そんな訳で今では「もけーも作れる土方」を自称している。たまの休日のプラモデル作りや原稿書きはやはり楽しい。何といっても人生の大半を、40年ほどもそうして生きて来たのであるから。航空情報で初めてトミー1/32P-51Dマスタングの原稿を書かせていただいて以来、ずっと続けて来た物書き稼業は天職とまでは言わないまでも、私にとって人生の全てであった。ペンがキーボードに、そして竹箒やスコップに変った今、文章を紡ぐという行為がとてつもなく愛おしい。だが私は人様に読んでいただき、何らかの関心を持っていただける文章にしか興味がない。だから日記などの私文には関心も興味もない。何でも書けば良いという訳でもないのだ。PCの出現によって文章だけは垂れ流しのように氾濫している世の中であるが、私はあくまでも自分本位でない、責任ある文章を世に送りたいと願っている。そしてそれがプロとしての責務であるとも思って来た。だがプロでなくなった私の文章は、今どこに行こうとしているのだろう。書きたい、猛烈に書きたい、時にそんな思いにかられる。だが自分本位の駄文ばかりを綴っても、掲載されることもない記事を作ってみても、空しさにかられるばかりである。なので無意味に何かを書こうとは思わない。現在僅かに残されている不定期連載記事、古典キット倶楽部だけは全うしたいと強く願うばかりである。そして、そこに登場した往年の名作キットたちを、再度まとめて一冊の書籍として世に残したいと願っている。だが、それに賛同してくれる出版社はない。願わくばかねてよりのモデルカーズ愛読者諸兄による草の根運動で、それが実現するならそれほどの喜びもまたないのだが、そんな考えは甘く、道程は遥かに遠い。'60年代、'70年代のプラモデルの時代を日本の文化から抹殺してしまってはならない。

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プロフィール

平野克己(ひらの・かつみ)

MC誌の最前線を長うお准将に託し現在はフリーランスの予備役として活動中。湘南鎌倉で猫的スローライフを提唱しつつ、国産プラモデル史の編纂に尽力する日々を送る。永年飼ったコブラ427S/Cを手放しMC(Motorcycle…Modelcarsではありませぬ)復帰を密かに目論む。自称昭和プラモ小僧の60歳。座右の銘は心情溢るゝ軽薄さ。

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