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2014年1月 3日

「新年明けましておめでとうございます」

 西暦2014年の幕が開けた。平成となってはや26年、常々拘り続けて来た昭和は増々遠くなったということだ。例年のことではあるが私に正月気分などない。年末も年始もほぼ休みなく仕事であるからだ。その私が今年は珍しく3日に休日を貰った。そこで家内と娘夫婦と鶴岡八幡宮に初詣に行った。昔ほどの人出はなく、ロープ規制はあるものの、殆ど待つこともなくすんなりと上宮へと行かれたのには拍子抜けであった。幼少時代からずっと慣例になっている娘(もう28だ...)にいちご飴を今年も買ってやり、絵馬付きの破魔矢をいただくと、その年一年が始まった気分となる。境内ではかつての同僚たちの鶴代紋の半纏姿が散見されるが、私がそれを着ることももうない。顔見知りの巫女さんなどと挨拶を交わし、一年分だけ爺さんになったかつての同僚と肩叩き合って、参拝客気分のままに境内をあとにした。
 31日に愛猫ジェムを失って、実のところ私としては喪中であるので、余り「めでたい」という浮かれた気分にもなれない。酒を飲む気にもならず、おせちに舌鼓をうつ気分では更々なく(第一、我が家では正月の支度などしていない...)、ただ淡々と休日の残りを過ごした。夕方になり、お願いしていた葬儀社がやって来て、ジェムは生涯の殆どを過ごした現在の我が家から旅立って行った。段ボール製とはいえ、それなりに立派な棺に納められ、数儀社が用意してくれた弔い花を、私、家内、娘、娘の婿さんで棺に納め、猫を愛した家族たちに静かに見送られてお別れをした。ジェムのことが大好きだった風ちゃんも最後のお別れを済ませ、ジェムは22年の思い出だけを残して永遠に私の元を去って行った。空虚な気分だけが残ったものの、また明日から忙しく働かねばならぬことに安堵し感謝した。明日もこの家の中でただ独り過ごすのであったら、取り残されたような寂しさと哀しさで、何ひとつ手がつかぬに違いない。忘却こそが生きるという上での最大の防御本能なのだ。さようなら、本当にさようなら、私の一番愛した猫。

投稿者 平野克巳 : 2014年1月 3日 22:44

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