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2014年2月13日

天は我を見放した...

 地球規模で温暖化による天変地異が顕著になり始めている。日本でもご承知のとおり、先日記録的な大雪となり、多くの方々が難儀されたことと思う。かくいう私も普段は縁の無い路線の電車やバス、しかも運行している路線限定であるから、とてつもなく大回りなどしつつ苦心惨憺して通勤した。それでも公共交通機関が使用出来るのは通勤行程の一部にしか過ぎないので、横殴りの吹雪の中を青森歩兵第五聯隊と化してただひたすら歩いた。なにしろ職場は年中無休、24時間営業なので、簡単には休めない。私の職場は辺鄙な場所に在るので、自家用車通勤が許されており、僅かでしかないがガソリン代も支給される。従業員用駐車場も確保されていて、無償で使用することが出来る。それだけにクルマが使用出来なくなると、とてつもなく不便な陸の孤島と化してしまい、通勤の往復は難行苦行となってしまう訳だ。
 それでも大雪の初日の夜、帰宅に際しては同僚のTさんにクルマで送って貰った。私よりは若いとはいえ、ぶっちゃけ「おばはん」なのだが、いつも元気でバイタリティーに溢れている。「ノー天気なだけ。いつも元気なだけが取り柄だよ」と屈託なく笑うが、あの大雪にも動ぜず、「スタッドレスタイヤ履いてるからだいじょぶだよ」と恐れを知らない。横滑りさせながらキャーキャーとはしゃいでいる。何とも気丈夫である。実に明るいのである。世の中にはどこにでもこういうひとが必ず居て、多くのひとが有形無形の恩恵にあずかっている。こうしたひとの存在は誠にありがたい。いや、便利だとか重宝だとか言うのでなく、こうしたひとが居てくれるおかげで人間関係も円滑にいく。組織というものを支えているのはこうしたひとなのだと改めて実感している。
 思えば私は随分と沢山のひとに支えられ助けられて、今日までやって来た。偉そうに蘊蓄を傾けられるのも、実はそうした人々の手助けあってこそである。今では編集長という権威(があったか否かは甚だ怪しいが...)も無く、ライターとしての確たる地位もあやふやになってしまった私だが、それでも見返りを求めることもなく快く手を差し伸べてくれる友人知人が居る。○○持ってない?と勝手気侭に問い合わせれば「今日送っといたよ〜」とさらっと即答で返してくれるK氏、デカール作ってと頼むと、嫌な顔ひとつせず「急いでる?」と自分の仕事よりこちらの都合を心配してくれるM氏、その他にも沢山沢山、人様のお世話にばかりなっている。それでもそうした温情に対しては「良き記事を書いて」お返しをするという不文律が守られていた間は良かったのだが、昨今はそれも侭ならなくなって来た。社会は一層活字離れが進み、印刷媒体はもはや死滅のふちにまで追いやられている。モデルカーズ誌も経営母体が刷新されて以降、変革の波に飲み込まれ、今や基本コンセプトに至るまでの変更が余儀なくされ始めたようだ。現在では外部のいちライターに過ぎない私なので、その実態や詳細に至るまでは知りようもないが、相変わらず「プラモデルを愛してやまず」などと拘り続けている私のような存在は、遅かれ早かれ太古の遺物としてお役御免になりそうな気配である。未だ`60年代のプラモデルにしてもスロットカーにしても記録して残しておきたいことが沢山残されている。だが、いち個人の力では手に余る。相変わらず遅々として進まない。ひとつひとつ地道に進めてはいるのだが、年齢的にも状況的にも先が見えてしまったような気がして寂しい限りである。それでもせめて吹雪の八甲田山に倒れる直前までは、ひとつでも頑張って進めて行きたいと心に誓っている。それが様々に手を差し伸べてくれた方々へのせめてもの返礼であり償いであろうと思う。その最後の日までは明るく元気でプラモデルと接していられることを願う。

投稿者 平野克巳 : 2014年2月13日 16:34

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