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2014年8月22日

あー夏休み

 夏休みというものと縁が無くなって、一体どれくらいの月日が経つだろう。子供時代の夏休みはその40日間が永遠に続くかと思われるほど永く、年間行事の中で最も心躍る日々であった。しかし社会人となって以降は、嘱託やフリーなど、いわゆる自由業にしか従事して来なかったので、夏期休暇というものを経験したことがない。休むのも勝手だが、休めば休んだだけ、自分のスケジュールがキツくなるだけである。時間拘束は無いが、是が非でも決められた期日に求められるだけの結果を出さねばならないのだ。そして仕事のスケジュールというものは、猶予のあったためしがない。
 そんな夏を何十回となく過ごして来た。なので子供たちはともかく、妻は夏休みや夏の旅行というものを知らない。海外など一度も連れて行ってやったこともなく、飛行機に乗ったのも沖縄と北海道の二度の旅行の時だけだ。にも関わらず老後の楽しみもなく、大病を患い、それでもなお時給数百円の仕事に復帰した。世の中にはそんな老夫婦が五万と居るであろうから、私たちだけが恵まれていないなどと嘆くつもりも更々ない。ないが、やはり60を超えて「その日暮らし」の如き日々の生活は心が折れる。人生の現実である。
 子供時分には多くの人生の先達から「努力せよ。努力は報われる。夢を抱け。夢は必ず叶う」と聞かされて育った。だが現実は違う。大概努力は報われない。概ね夢は叶わない。だが、それがどうしたと思う。人生とは本来そんなものなのだと達観している。だから挫折しない。絶望感に打ち拉がれることもない。ただ淡々と事実を受け入れて、人生そんなモンと割り切り諦めることにしている。ただ、やはりそんな事の繰り返しばかりの人生では侘しく哀しい。そこで人生には憂さ晴らしが必要なのだろう。現在の私の仕事先の同僚たちはもっぱら酒とパチンコのようである。それはそれで悪いとは言わないが、私にとっては共感出来るところがない。ようやく海に行ってBBQをして来た、と満足げに話す者も居る。それまた結構だ。だが、それも私のスタンスでもフィールドでも無い気がする。
 海岸ぶちを走れば何時の間にやら夏も終わりの気配がしている。それでも以前のようには「夏の終わりはし残した事があるようで気が焦る」ような事もなく、ただ「嗚呼、夏休みも無く今年もまた夏が終わるのだな」と独りごちるのみである。蝉時雨をまともに聞くこともなく、そう言えば今年はオニヤンマを一度も見ておらず、気がつけばもう晩夏の気配に充ちている。季節に気付かず日々を過ごしていまうほど寂しい事はない。あー、夏休みにどこか行きたかったなあ。ハーレーで旅に出たかったなあ...って、生活が成り行かない現状ではハーレーどころの騒ぎではない。それでもたまには浮かれたいものである。

投稿者 平野克巳 : 2014年8月22日 14:46

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