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日本の一番長い日

 また八月十五日がやって来た。ボクは勿論、戦争を知らない戦後世代であるが、よくよく考えれば終戦から僅か八年後に生まれている。進駐軍は知らないけれど、白衣にアコーデオンの傷痍軍人は知っている。だからボクたちは「戦争の残滓」であふれた少年文化と共に成長した。少なくとも今の若者たちよりは、戦争については多少の一家言を持っているように思う。例えば戦後七十年首相談話には違和感を覚えた。何やら美辞麗句ばかりの羅列のようにも思えたが、その行間には「帝国主義、軍国主義、植民地支配は日本だけじゃないじゃん」と言いたくてうずうずしている本音が垣間見えるようだ。そして子や孫など未来の日本人にまで「反省とお詫び」を背負わせたくはないと断言したが、それは違うように思う。日本人はあの歴史を忘れてはならない。そして忘れぬ為には未来永劫自責の念を胸に刻み続けなくてはならないのだ。謝り続けなくてはならないのだ。何故なら人間とはかくも愚かしい生き物だからだ。確かに日本が引き起こした戦渦は、ナチスのユダヤ人迫害とは決定的に位置付けが違うだろう。だが戦争にジャンルもランクも無い。ドイツも日本も戦争犯罪国としては同じようなものだ。都市無差別爆撃や核爆弾も確かに巨大な戦争犯罪には違いない。日本人ばかりがいつまで謝り続ければ良いのか、という心情も日本人のボクには理解出来る。核爆弾の当時の開発スタッフが日本人に決して謝らない。何故なら真珠湾を忘れるな、という言葉があるからだ、とのうのうと言い放っているのを何かのテレビで観た。結局のところ戦争は勝者の論理でのみ正当化されてしまうのだ。強いものが正しいという理屈が通用するのなら、やはり戦争そのものが愚の骨頂なのだ。所詮、どちらが正しく、どちらが間違っているなどという判断基準などない。突き詰めれば勝つか負けるかだけである。阿呆らしい。実に馬鹿げている。戦争とはそうしたものだ。この地球上に人類が居なかったら地球はどれだけ平和で美しい星であり続けることだろう。この時期になると戦争を題材にした映画やドラマが林立するが、最近のドラマは何だか夫婦愛だの家族愛だの美談が強調されているようで、何とはなしに胡散臭い。むしろ人間の汚さ、醜さ、怖さを直視しなくてはいけない気がしている。そういえばこの時期を見計らったものなのか、話題性から高額落札の可能性が高いと計算したのか、ヤフオクにA社の1/72ボーイングB-29スーパーフォートレスのエノラ・ゲイとボックス・カー2機セットが出品されているのを見た。如何にもあざとい感じがして、やたらに腹が立った。同じ日本人として恥ずかしくもあり哀しくもある。

プロフィール

平野克己(ひらの・かつみ)

MC誌の最前線を長うお准将に託し現在はフリーランスの予備役として活動中。湘南鎌倉で猫的スローライフを提唱しつつ、国産プラモデル史の編纂に尽力する日々を送る。永年飼ったコブラ427S/Cを手放しMC(Motorcycle…Modelcarsではありませぬ)復帰を密かに目論む。自称昭和プラモ小僧の60歳。座右の銘は心情溢るゝ軽薄さ。

2015年9月

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