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ケセラセラ

 ボクは余りにも多くの友人たちの夭折を見送った。それはボク自身の生き様にも大きな影響を与えた。縁起でもないと仰られるかもしれぬが、齢60を迎えた時から終活、つまり身辺整理というか幕引きの為の準備を心掛けている。ボクは老後の楽しみとか第二の人生などといったものは無いと考える人間なので、自分の好きな仕事が出来なくなったら、それでボクの人生は事実上終わったに等しいと考えている。今せっせとアルバイトに勤しむのは単に住宅ローンと生活費の為だけである。それも人生でしょ、と仰られる向きもあろうが、その社会的事実とボクの内面心情とには大きな隔たりがあるのもまた事実なのである。なので生き甲斐とか充足感、楽しみや喜びというところとは、ちょっと違った次元で日々を過ごしている気がしている。
 朝、通勤の為にクルマに乗る。ボクは元々クルマに乗って音楽を聴いたり映像を観る習慣がない。ラジオさえ聞いたことがない。装備されているBOSEのオーディオシステムなぞ、ボクにとっては無用の長物である。ボクはコクピットに納まったらメカニカルノートを聞いていたい人間である。だが、現在の愛車はそんな魅力も正直持ち合せてはいない。なので無機質な連続音にしか聞こえぬエンジン音や車体の軋みの中、ボクはただ何かを考え続けながら運転している。かつて家内が若く子供たちも幼かった頃の生活圏を通る度、ぼんやりと昔の日々を郷愁と共に回想する。生きるのに必死だったけれども、それなりに楽しい日々であった。今は子供たちも皆巣立って立派に生きてくれている。家内は生死を彷徨う大病を患い、今は高齢のこともあって決して健やかではなくなった。老夫婦の寂しい家庭である。まあ世の中そんなものだ、自分だけが愚痴って何になる、そんな思いで日々に耐えている。そして思う。嗚呼、今日も忙しく一日を消化する。そうして気付かぬうちに人生は過ぎ去ってしまうのだなと。侘しく切なくなる。なるがそれもまた現実を生きるということなのだろう。だが一日刻みの休むことのないカウントダウンを思うと、たまらなく侘しく切ない。だから一日を無為に過ごすのはたまらなく残念に思う。今出来ることは今やっておかねばならない。そんな焦燥感ばかりがボクを突き動かす。だが思いは大概叶わない。それもまた人生。人生はケセラセラ。

プロフィール

平野克己(ひらの・かつみ)

MC誌の最前線を長うお准将に託し現在はフリーランスの予備役として活動中。湘南鎌倉で猫的スローライフを提唱しつつ、国産プラモデル史の編纂に尽力する日々を送る。永年飼ったコブラ427S/Cを手放しMC(Motorcycle…Modelcarsではありませぬ)復帰を密かに目論む。自称昭和プラモ小僧の60歳。座右の銘は心情溢るゝ軽薄さ。

2015年10月

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