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今年も押し詰まりました

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 時の移ろいは早く人生は風に舞う落葉の如し。今年もはや終わろうとしている。`13年の年初めは鶴の代紋を背負った半纏姿で就業していたが、`14年は半袖Tシャツ、短パン、雪駄での仕事の日々となる。一年365日、暑くもなく寒くもなく、陽が照ろうが陰ろうが関わりもない。昨年までとは真逆の仕事環境である。それはある意味楽だが、季節という自然に寄り添っていない不自然さは感じている。今ではバイクに乗ることもない。現在の愛車ロードスターの幌を降ろす機会もすっかり少なくなってしまい、現在では単に通勤の足としての機能しか発揮していない。夜勤もあるので尚更オープンになぞしないのである。年齢と共にそうした日々の小さな潤いが失われつつあるが、さりとてくさる訳でもなく、ただ淡々と日々生きている。その生き様、猫の如し。多くを望まねば煩悩もまた無し。けだし楽しからずや。
 先般ようやくコグレ1/24フェラーリ158(スロットカー)を完成させた。改めて考えてみれば半世紀も昔の思い出でしかない。少年時代の記憶は次第に薄れ遠くなりつつはあるものの、それでも遂に手に入れた、という充足感、満足感は味わった。次はいよいよ三和のMG TDか、いや三共のベレルやシルビアも良いな...などと、とりとめもなくノスタルジーに浸るこんな休日、あとどれだけ少年時代のリベンジが果たせるのだろうかと寂しさも募る。現世に未練があるかと問われればさほどでもなく、しかし死して無に帰してしまうのもつまらぬ、などと独りごちてもみる。新たな職場のお付き合いでカラオケハウスで旧い悲恋歌など熱唱し、酔った勢いのおねーちゃんに愛人にしてなどと囁かれても、なにやら他人事のようでさしたる感慨も沸かぬ。ただ旧いバイクと旧いプラモデルばかりが今もボクの心の全てを占めている。それも「鬱陶しい人生」だな、などと苦笑いしつつ、それこそワタシの生きるミチ、などとパフィっている体たらく。何とも人生とは哀しくも可笑しく不可思議なことよ。ええーい、人生はちょんちゃんわ、生涯はちゃいちゃいだあ。ままよ、ただプラモとスロット三昧の日々に浸って、年末年始もやり過ごそう。ただコンプレッションのスカスカになったオリンポスのコンプレッサーをどうしたものか...。えーい、ままよ。缶スプレーだ、缶スプレー買ってこーいっ!!

昭和のプラモ歳時記「プラモ小僧走る―回想―」其の28

 桜並木の天野屋と決別したボクは、昭和40年代へ向けて新たな文化的生活を手中にすることとなった。いわゆる団地族と呼ばれたボクたちの生活そのものが一変した。総菜などの買い物はそれまでのように桜並木の個人商店街ではなく、団地内のスーパーで済ませるようになった。スーパーと言っても個人商店が一カ所に寄り集まった古い形態で、肉屋、八百屋など日常的に必要な買い物がそこに行けばおおよそ揃う、というだけのことである。その中に何を商っていた店舗かは忘れてしまったのだが、プラモデルを置いている店があった。そこでの記憶はニチモ1/35AMX30中戦車が永く置かれていて、欲しくてたまらなかったことだけなので、恐らく余りそこでプラモデルを買ったことはなかったのだろうと思う。AMX30は当時、タミヤと共作となったのだが、確かニチモのキットにはビニールか何かの布状パーツの防循カバーが付属していて、そこに妙に魅せられていた記憶がある。いずれにしても1967年のことだがら、この記憶は随分とあとのことでしかない。
 ボクが新たに通うようになったプラモデル店は団地から5分ほど走った街道筋にあった。プラモデル店といっても本業はパン屋であり菓子屋であり、併せて手芸用品なども取り扱う雑貨店であった。そこで多少のプラモデルも扱われていたのだ。時は1964年/昭和39年、日本中が東京オリンピックに沸きに沸いていた時代であったが、東京近郊他県の片隅で暮らすボクにとっては特別実感するものもなく、ただ淡々とした日々が繰り返されていたように思う。しかし、東京プラモのミリオンシリーズが店頭にやって来たことで、ボクの中での東京オリンピックは俄然実像を結ぶようになる。キットにボーナスパーツとして東京オリンピック記念メダルが入っているのである。今にして思えば何とも貧相なメダルであったが、当時はこのメダルが欲しくて欲しくて辛抱たまらんものがあったのだ。金メッキ、銀メッキ、銅メッキの三種があり、しかも競技種目もバリエーションがあったので、その全貌は一体何種類あるのか見当もつかなかった。これらがランダムに付属しているのである。欲しい機種のキットであっても「銅メダル」が入っていたりして、金メダル欲しさにへなちょこな機種を買ってしまうなど、まんまとメーカーの思惑にのせられてしまうボクなのであった。とはいえ50円なのでそうそう頻繁に買うことも叶わず、あれこれ思い悩んでいるうちにそのシリーズそのものが店頭から姿を消してしまった。それでもスカイレーダー(複座型だったのが物珍しく嬉しかった)やモスキート、デファイアント、ハンプデンなど、駄菓子屋系プラモでは珍しい機種がキット化されていて今も印象深く残っている。
 続いて入れ込んだのが童友社のミニチュア鉄道シリーズであった。スケールはおよそNゲージ相当でやはり50円であった。このキットには繋げられるレールが一本ずつ付属していて、いかにも買い足して大きなレイアウトを完成させて遊ぼう!!的な甘い罠が仕込まれており、ボクはまたもやまんまとその術中に落ちた。特急メラード号がどこのどんなSLなのかも知らずに買い、話題の東海道新幹線ひかり号は人気でいつも売り切れなので、仕方なく連結用の客車を買い...夢ばかり脹らんでどうにも半端な鉄道模型コレクションで終わったのが実際のところであった。
 プラモデル専門店とは異なって、近所の「ついでにプラモデルも置いている」的な店では、1回仕入れたらそれっきりで、再入荷など望めないのが当時の実情であった。なので今で言うところの「大人買い」でもしない限り、あれもこれもと期待ばかりが脹らみ、結果はいつも何も果たせぬままに挫折するのが常であったのだ。恐らくは当時のプラモ少年たちの誰もがそうした「果たせぬ夢」を抱いたままに大人になったに違いない。昔のプラモデルへの熱き思いの裏側にはそうした怨念と無念が隠されている。

如何なる人生においても捨てられぬもの

 人生を一転させる機会に、昨年暮れクルマもオートバイも手放した。もちろん財政的に苦しかったことが主因であるが、心機一転に際してこれまでの生活様式と一度はっきり決別したかったからだ。簡単に言えばリセットである。友人が厚意で譲ってくれた`68ホンダCD250も、そして1台こっきりとなっていた我が家の自家用車メルセデスE320も世俗を絶つようにして放棄した。それにより初老の夫婦は50cc原チャリのみで暮らすようになった。妻の自家用車は以前新車で買ったホンダ・トゥデイ、そして私はといえば一番下の倅が残していった中古のヤマハVOXである。職場への通勤は片道10分程度なのでボックスで充分であった。直ぐに重くて遅いのにも慣れた。ただブレーキが絶望的に利かないのだけは現在に至っても閉口している。だがヘルメットや弁当、着替えなどを持参するので、ボックスの大きな収納力が便利で、これがいよいよヘタったら、再度中古のボックスを買おうかしら、などとさえ考えている。
 暫くは原チャリ夫婦で日々過ごしていたのだが、やはりこの山の中という住環境では、買い物に行くにもスクーターだけでは不便極まりなく、軽いティッシュやトイレットロールならまだしも、猫のトイレ砂などは買っても運ぶのに難儀した。足元に積んだ妻が立ちゴケ(!)するに至り、やはりクルマがなくては日常生活を営むには至極不便と悟り一大決心、奮起してクルマを購入することとした。だが、しかし...以前のように財政的に余裕がある訳もないので、実用一点張りのクルマ選びをせねばなるまいと覚悟もした。軽の中古か、それともヴィッツやマーチなど小型大衆車の中古かと思い悩んだ。しかし、考えれば考えるほど、その選択は自身の人生を卑しめ、日々の生活をさもしいものにしてはしまわぬのかと心配になった。いや、軽四輪や小型大衆車を所有するのが悪いことだなどと言うつもりは毛頭ないのだ。ただ、何ひとつ心身にゆとりのない日々の暮らしの中で、これまで自身のアイデンティティーの証明とも言えたクルマまでをも、経済性、合理性だけで割り切ってしまうのはどーなのよ、と迷いが生じたのだ。せめて少しばかりはこれまでの半生の意地を見せたいではないか。いや、別に他人様の目を気にするのではなく、自分自身とどう折り合いをつけるかの問題なのである。そこで考えた。あらゆる部分を諦めて妥協するにしても、唯一譲れないものは何か。その結論はいたく簡単に出た。屋根が無いことである。元来が根っからのスポーツカー好きなのである。元々病いで弱った父への親孝行のつもりで買ったメルセデスであったが、190E、そしてE320とセダンを2台乗り継ぎ、少なからず昔の虫が騒ぎ始めていたこともあった。それでも経験によってメルセデスが良く出来たクルマであることは学習していた。何も楽しくはないが、何ひとつ不満を感じさせない。過激な(あるいは偏向的な...)ドライヴィングプレジャーを求めないのであれば、メルセデスのSLKが必然的な選択肢のように思われた。だがしかし...以前のワタシではないのだ。夢物語にうつつを抜かしているいとまはない。ならばBMW Z3は?...未だ言うか。そんな感じである。永年ワタシのクルマの面倒をみてくれている友人からは「コペンという選択肢はないのか?」と諭されたが、私個人の詰まらぬ意地からもやはり軽四輪はNGであった。そこで全ての折衷案として残ったのがマツダのロードスターであった。家族の為にずっと自身のクルマ趣味を封印して来たおとーさんたちが、最後に「こういうのに乗ってみたかった」と満足する類いのクルマと感じて来たワタシだが、もう残された選択肢はないように思われた。そうなればモデルのチョイスもいたく簡単に決まった。初代のユーノスNAは最もコンセプトに忠実でしかもスポーツライク、ロードスターとしてはベストチョイスなのかもしれないのだが、如何せん今やネオヒストリックカーの仲間入りで、うっかりするとプレミア価格で高い。そして何よりもワタシはあのスタイルが嫌いである。ならば現行モデルNCはと言うと本来のコンセプトからすると「どこへ行こうとしてるのか?」判らない車格と性能のクルマになってしまった感がある。折角培って来たロードスターのテイストが現行モデルではあらぬ方向へ向かっているような気がしてならない。何よりもあのスタイルはない! 絶対にない!! そこでシリーズ中、最も不人気車と言われる二代目に絞った。初代より大きく重くなったマツダ・ロードスターNBはマニアには不評であったと聞くが、既におっさんのワタシはそれほどのハシリを求めてはいない。どうせオートマを買うのだ(笑) シリーズ中では不人気でもあり年式もこなれているので価格もほど良い。そんな訳でNBの1.8VS(NB8C)に乗っている。平成13年初年度登録車、ワタシの車歴の中では群を抜いて高年式車である!!(苦笑...) 想像していた以上にパワフルなのも悪くない。ハイオク仕様だが燃費も驚くほどにいい。ただ所詮は1.8ℓのキャパしかないのでエアコンを使うと急激に燃費は悪くなる...。スポーツカーらしいハンドリングも、スパッと切ったあとで微調整している日本車らしさを気にしなければ軽快である。幌もものの数秒で上げ下げできるし(酷過ぎるのに乗っていたせいだろうが) ただシート背面に+2やらラゲージスペースなどといった半端な空間を持たせず潔くリアバルクヘッドが立ちはだかっているせいで、シートのスライド量が圧倒的に不足していて、ワタシにはコクピットが狭い。何よりもシートバックを倒せないのが辛い。それ以外は概ね満足している。見慣れれば(あくまでも見慣れれば、である...)スタイルもシリーズ中では一番均整が取れている。今更旧いロータスなど乗る気にもなれないロートルにとって、中々悪くない選択であったと思っている。そして何よりもこのクルマになってから、インパネの水温計も油圧計も(燃料計さえも...)気にせず滅多に見ることのなくなった安心感...壊れることが前提の機械モンなんて、もうこの歳になったら怖くて日々付き合ってなんかいられませんぜ...。

プロフィール

平野克己(ひらの・かつみ)

MC誌の最前線を長うお准将に託し現在はフリーランスの予備役として活動中。湘南鎌倉で猫的スローライフを提唱しつつ、国産プラモデル史の編纂に尽力する日々を送る。永年飼ったコブラ427S/Cを手放しMC(Motorcycle…Modelcarsではありませぬ)復帰を密かに目論む。自称昭和プラモ小僧の60歳。座右の銘は心情溢るゝ軽薄さ。

2016年2月

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