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ふと思う心の隙間

 別に意図している訳ではないのだが、ここのところ当該ブログは訃報ばかりに触れている。目出度いことは少なく哀しみばかりが続いている。先日、現在の職場の同僚の父上が逝去されたが、時を同じくして高倉 健、そして菅原文太の昭和の二大スターも亡くなった。私は両氏に格別の思いがある訳ではないのだが、晩年の健さんは好きだった。八甲田山、駅ステーション、動乱、ぽっぽや、あなたへなどは好きで繰り返し観ている。実を申せば娘の名前は駅ステーション劇中の薄幸の娘から名付けた(薄幸な女の名を娘につけるって...) 思えば物心ついた頃より私は一体どれだけの映画を観て来た事だろう。高校生の頃は学校が品川だったので、土曜日は制服のまま有楽町に直行していたし、日曜日には三本観る事を常としていた。だが今はもうそんなに映画館に通う事もない。勿論DVDが普及したせいもあるのだが(我が家はブルーレイ未導入...)、劇場へ出向くだけの精神的余裕が無い。そんな私は最早「映画好き」とは言えないのだろう。だが昔の映画は繰り返し観る。それが休日の楽しみのひとつともなっているのだ。映画好きと言うと「どの作品が好きか?」と聞かれるのが常であるが、膨大な作品の中から選び出すのは無理な話だ。それでも最近になって思うのは敢えてランキングをつけるとしたら"ニューシネマパラダイス""ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ""男と女"を挙げるだろう。邦画の"異人たちとの夏"も切なくて好きだ。そして人生に深く影響を及ぼした、もしくは人生観を変えた作品を挙げるなら"イージー・ライダー"に他ならない。腕時計を捨てて社会からドロップアウトする姿は、若き日の私に多大なる影響をもたらした。大学を辞め社会に背を向けたのだ...そして、その末路(笑)はこんななってもた...。まあ人生おちゃらけ、ちゃいちゃい、である。人生色々、である。自らが選んだ道であるから、最後まで全うするつもりではあるのだが、それにしてはバイクも降りちゃったしなあ...イージー・ライダーどころか「良いジジイ・ライダー」にもなれへんなあ...。嗚呼、ハーレーが欲しい...って、最後は物欲かいな。

またひとつ思い出が消えていく

IMG_5812.jpg 鎌倉ほびいが無くなった。いや、厳密に言うなら鎌倉ほびいの跡地が取り壊され再開発されるという事だ。ローカルな話題で恐縮だが、このかつて鎌倉の外れにあった小さなプラモデル屋こそが、ボクたちの青春時代の思い出と言うか、ボクたちにとっての梁山泊であり新天地でもあった。ここでボクたちは「模型屋のおいちゃん」と出会い、現在も親交の続く仲間たちと出会った。かつて`70年代には東京のタリーホーと共にPPC/プラプレーンコンテストの賞を二分し合った、全国的にも名の知れた模型屋でもあった。
 ボクが現在の仕事に就く切っ掛けとなったのも、この店でモデルアート社の渡辺編集長(当時/故人)と出会ったからに他ならない。店主の永井 保さんは初期のモデルカーズにおいても「ディオラマ、その小さな世界」で木彫りの辣腕を揮われたので、ご記憶の読者諸氏も多かろう。その通称「おいちゃん」が83歳で逝ったのは2009年6月の事だが、その大分前から鎌倉ほびいは閉店廃業していたので、それ以降は建物だけがそのまま残されていたに過ぎない。それでもボクたちはその前を通る度に、在りし日の鎌倉ほびいを偲ぶ事だけは出来た。いわば残された建物は石碑のようでもあり墓標のようでもあった訳である。そうした記念碑のようなものは誰にも在るだろう。しかし、偲ぶよすがを失えば、回想の機会も激減し記憶も曖昧になっていくのが必定だ。心の中に追憶が残れども、冷めていくスープのように次第に湧き立つ湯気も立ちのぼらなくなっていく。恐らくはたちまちに小洒落たマンションにでも姿を変えて、鎌倉ほびいもおいちゃんも忘却の彼方へと過ぎ去ってしまう。そして後には何も残らない。世の中とはそうしたものだからだ。森羅万象すべからず土に還るのだ。しかし、だからといってそうした理屈だけでは余りに切なく余りにうら寂しい。せめて些細なものでも良いから何かが残って欲しい。それが人間の性というものではないのか。そのことをして女々しいと言うなかれ。

友人在り、有り難きかな

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 前回、友人知人の訃報があとを絶たないという話をした。そんな舌の根も乾かぬうち、またもや知人が逝った。以前務めていた職場の同僚である。30代半ばの事故死であった。所属部署が異なったので余り近しくはなかったが、忙しない職場にあって朴訥とした雰囲気で心和ませてくれるような男であった。そんなこともあって、久し振りに以前の職場に顔を出したのだが、やはり当該ブログで既に記した「私に会いたいと言ってくれている男」に暫くぶりに会うことができた。といっても酒の席ではなく、職務中の立ち話程度であったのだが、彼も10月いっぱいで職場を去るのだと言う。聞けば、見合いをし遅ればせながらの結婚を決意したらしい。先方は静岡の茶畑農家の跡取り娘で、その稼業を継ぐ決心をしたという。もう60近い年齢であるから、全く未経験な仕事は辛いかもしれぬが、彼にとっては今の仕事を続けるよりは遥かに幸せなのではないかと内心安堵した。彼の老いた母親も新たな介護施設への入所が決まったらしく、身辺整理も概ね済んだらしい。これからはもう少し彼自身の暮らしがエンジョイできることを祈るばかりだ。他人事とはいえ、かくも不幸の連鎖のただ中に居ると、こんな出来事に心安らぐ平穏な気分となり少しばかりの笑みも零れる。ただ大好きな友人が静岡に行ってしまうのは、少しばかり寂しくもあるが...。
 友人といえば「未だ見ぬ友人」亀様とも久し振りにメール上での邂逅があった。タミヤ1/24フェラーリ330P2のリビルドをやっていると伝えると「ワタシらしからぬオーソドックスなネタ。しかもフェラーリワークスとはNARTなど毛色の変った仕様じゃないんだねぇ」との感想が返って来た。ん〜、ワタシのことが良く分かってらっしゃるのね〜。かつて、こうした友人や読者諸氏に支えられてモデルカーズは独自の地位を確立していったのだな、と改めて感慨もひとしおであった。その亀様のサポートのおかげでタミヤの330P2は現在粛々と製作が進行している。その後はイッコー1/24のフェラーリ275Pをやるか...モノグラムとの比較も良いな。だが、ワタクシ的には本命とも言えるロータス30やポルシェ904にもそろそろ手を出したいな...などと思いは散り散りに馳せる。私にだって人生のゴールはある。だが、未だそれまでにはやらねばならぬ事が山積みなのだ。

プロフィール

平野克己(ひらの・かつみ)

MC誌の最前線を長うお准将に託し現在はフリーランスの予備役として活動中。湘南鎌倉で猫的スローライフを提唱しつつ、国産プラモデル史の編纂に尽力する日々を送る。永年飼ったコブラ427S/Cを手放しMC(Motorcycle…Modelcarsではありませぬ)復帰を密かに目論む。自称昭和プラモ小僧の60歳。座右の銘は心情溢るゝ軽薄さ。

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