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哀惜の秋の夜半

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 念の為に先ずことわっておくが、ワタシは別に死神ではない。それを先に明言しておく。そのうえでのお話であるが、ここのところ、ワタシの周りでは訃報があとを絶たない。前回アップしたブログで親しい友人が亡くなった事を書いたが、その後も不幸の連鎖が続いている。終わらない。やはり戦友である編集者H氏の細君の訃報が届いた。彼とは他社ではあるがMキャッツの誌面で苦楽を共にした仲だ。気の良い男であった。今はモデルマイスターとして安定した地位を築いているが、人生の伴侶を失った哀しみは恐らく他人には解らない。お座なりな言葉をかけたくはないので、彼とはその話題について触れる事もなく現在に至っている。
 そんな折りの今月5日、DTMの小森康弘氏が急逝された。モデルカーズ創刊号からの旧い読者諸氏ならご記憶であろうが、1/12コブラ427や1/43ホンダRA272改のフルスクラッチなど、初期のモデルカーズには欠かす事のできない感性、技量共に凄腕のモデルカー愛好家であった。そもそもがインダストリアルデザイナーである氏は日産キャブライトをデザインされた事で知られているが、ワタクシ的にはその昔、ゲームセンターにあったドライブゲームの設計者としてリスペクトすべき御仁であった。ベークライト製三本スポークの実車用ステアリングホイール(確か三菱ジープのものだったと思う)と三菱ジープのティントイが連動しており、ワインディングロードが描かれたベルトコンベアの上をコースに沿って走らせ、どこまでコースに正確に遠くまで行けるか得点を競うゲーム、あのゲームが幼少期のワタシの一番好きな遊びであったのだが、のちにそれが小森氏のデザイン設計であった事を氏から直接伺ったのは感慨深かった。常にモデルカーズの企画の為に尽力していただき、なにくれとなく協力して下さった。その後、ワタシが最前線から退いた事もあってモデルカーズとは疎遠になってしまったが、お住まいが平塚という事もあってちょくちょく遊びに伺わせていただいたものだった。近年は挨拶状のやり取り程度となってしまい、「平塚が遠い」「鎌倉はもっと遠い」などと戯れ言を言い合うばかりだったのが悔やまれる。気難しさとは無縁とも思われるあの好々爺然たる朴訥とした気取らぬ笑顔が今も脳裏から離れない。芸術家としても工芸家としても辣腕の昭和の職人であった。取り残されるばかりのワタシには寂しさと心細さばかりがつのる。それでも人生は続き時代は回る。

情熱は陽炎のように揺らぎ立ち

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 秋虫の鳴き声ばかりが響き渡る静寂の夜更け、またひとり友人が逝った。二玄社に寄稿するなど、自動車の分野での造詣が深い編集者であり執筆者であった。それ以外にも音楽や宗教、模型など、その知識と興味は多岐に亘った。私の提唱するエイジング・ホビーに関しても深く理解をしてくれた男であった。
 夏の暑い盛りの夕刻、病室の彼を見舞った。見る影もないほどに痩せさらばえていたが、意欲と気力は何ら衰えていなかった。死の宣告を真正面から受け止め、限りある日々を有意義に費やしたいと語る気丈な男であった。しかし、これが人生だと嗚咽する姿に、情熱を傾け続けたものたちへの決別の無念さが垣間見え、慰めるべき言葉も知らない己の無力さに無性に腹が立った。
 若き日々、共に戦った多くの戦友たちを失った私は、これからの残された日々に何をすべきなのだろう。志し半ばで逝かねばならなかった友たちに、一体どうしたら報いることができるのだろう。だが、そんな私も余りにも歳をとり過ぎ、余りにも戦う力を失い過ぎた。粉骨砕身、全霊を傾けて、などとは、もはやとても言えない。だが、黄昏の斜陽には未だ煌めきの輝きも残されている。残照の中に彼の少年のような笑顔が浮かんでは消える。彼だったら今の私にどう生きよと言うだろう。
 心臓病の大病を煩った家内に続いて、老いた母が大腿骨の人口骨頭(つまりチタン製の人口関節である)を埋め込む手術をした。転んで大腿骨を骨折した結果である。60をとうに超えた病人の妻と90の高齢となった母に寄り添って生きるには、世の中は余りにも冷酷で無慈悲である。請求書と督促状の束を眺めながら、ひたすら日々の小銭稼ぎに勤しむばかりである。働けど働けど追い付かない。けれどそれしか術が無いのであるから仕方がない。死を乗り越えたばかりの妻が必死に社会復帰を果たそうとしているのだから、私が愚痴ってなどいられない。くさったり泣いたりしている暇など無い。そして、たちまち明日は来る。人生は転げ落ちる坂道のようだ。だから、気付かぬうちにたちまち歳を取る。それでも私は未だ幕引きを宣告された訳ではないのだから、残り少ないものではあろうが未来に向かって歩き続ける。出来ることなら好きな仕事と共に時を刻めれば良いのだけれど...人生それほど甘くはない。♪人生楽ありゃそれでいい〜なんて歌ってはいられない。あと、幾つプラモデルを作って記事を残せるのだろう。「未だそんな気でいるのか」と彼が笑っているようだが、私の願望はやはりそれだけなのだ。

やさぐれ晩夏の子守唄

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 日々の生活が荒んでいる。胸の中にすきま風が吹き、心が錆びる。鬱々とした気持ちを抱えていると感受性も鈍感になるようだ。嘘寒い鉛色の空に侘しさも覚えない。まるで冬のような風景の中、それでもセミが精一杯鳴いている。あたかも行く夏を惜しむように、己の命を慈しむように。霧雨を浴びながら庭に佇む。派手に枝を伐採してしまい、小さな佇まいになってしまった梅の木にセミの抜け殻がいくつも残されていた。小さな命たちの残滓。今年の夏を生きたささやかな命の証明だ。
 そんな命のひとつに過ぎない私自身も、随分と歳を取ってしまった。日々の薬が無くては生きていかれぬし、身体のそこかしこに不具合が生じて鬱陶しい事この上ない。それでも私を置き去りにして逝ってしまう多くの友人たちに較べれば、呑気で長閑なのであろう。最近は彼らとの日々を思い出すことさえ無くなってしまった。時が残酷なのか、忘却こそが人の生存本能なのか、そんな事を考えるのさえ億劫になった。ただ、つまらぬ日々を積み重ねるだけで、人生の終焉の時を迎える気にはなれそうにない。未だ煩悩にまみれた俗人である。ただ、そうした己の不甲斐無い姿が「哀れなことよ」と嘆くだけの見識は残されているようだ。
 人伝に「平野さんに会いてーなぁ」と言ってくれている友人が居ると聞く。年老いた母を持ち、その介護の為にだけ働いているような男である。歳は私より幾つかだけ若い。彼の事は時々、頭をよぎる。近くに居ながら互いに仕事に追われて、会う機会も無い。安酒を酌み交わしながら、愚痴の言い合いでもしたいと思うが、それも中々まま成らない。要領が悪く馬鹿正直で愚直にしか生きられないゆえに、恵まれた人生ではない。そんな彼に似た者どおしのような不思議な連帯感を感じている。不器用で巧い立ち回りが出来ない。それでも社会に拗ねるでもなく誰かを恨むでもなく、ただ淡々と社会の底辺で暮らしている。私は彼が好きだ。心根の優しい男なのだ。人の嫌がる事は何でも引き受けてしまうような、馬鹿がつくほどに真っ正直で優しい男なのだ。そんな男が私を時々は思い出し懐かしがってくれているのかと思うと、少しだけ心の澱が溶けていく。しかし、そんな男たちを許容するほどには現代社会は優しくない。社会から弾き出され置き去りにされるばかりである。仕方ねーよなあ、そんな生き方しか出来ねぇんだから、と自嘲気味に呟くばかりだ。「そめーっっ!! 飲もうぜーっっ」心の中で独り叫んでみる。

プロフィール

平野克己(ひらの・かつみ)

MC誌の最前線を長うお准将に託し現在はフリーランスの予備役として活動中。湘南鎌倉で猫的スローライフを提唱しつつ、国産プラモデル史の編纂に尽力する日々を送る。永年飼ったコブラ427S/Cを手放しMC(Motorcycle…Modelcarsではありませぬ)復帰を密かに目論む。自称昭和プラモ小僧の60歳。座右の銘は心情溢るゝ軽薄さ。

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