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あー夏休み

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 夏休みというものと縁が無くなって、一体どれくらいの月日が経つだろう。子供時代の夏休みはその40日間が永遠に続くかと思われるほど永く、年間行事の中で最も心躍る日々であった。しかし社会人となって以降は、嘱託やフリーなど、いわゆる自由業にしか従事して来なかったので、夏期休暇というものを経験したことがない。休むのも勝手だが、休めば休んだだけ、自分のスケジュールがキツくなるだけである。時間拘束は無いが、是が非でも決められた期日に求められるだけの結果を出さねばならないのだ。そして仕事のスケジュールというものは、猶予のあったためしがない。
 そんな夏を何十回となく過ごして来た。なので子供たちはともかく、妻は夏休みや夏の旅行というものを知らない。海外など一度も連れて行ってやったこともなく、飛行機に乗ったのも沖縄と北海道の二度の旅行の時だけだ。にも関わらず老後の楽しみもなく、大病を患い、それでもなお時給数百円の仕事に復帰した。世の中にはそんな老夫婦が五万と居るであろうから、私たちだけが恵まれていないなどと嘆くつもりも更々ない。ないが、やはり60を超えて「その日暮らし」の如き日々の生活は心が折れる。人生の現実である。
 子供時分には多くの人生の先達から「努力せよ。努力は報われる。夢を抱け。夢は必ず叶う」と聞かされて育った。だが現実は違う。大概努力は報われない。概ね夢は叶わない。だが、それがどうしたと思う。人生とは本来そんなものなのだと達観している。だから挫折しない。絶望感に打ち拉がれることもない。ただ淡々と事実を受け入れて、人生そんなモンと割り切り諦めることにしている。ただ、やはりそんな事の繰り返しばかりの人生では侘しく哀しい。そこで人生には憂さ晴らしが必要なのだろう。現在の私の仕事先の同僚たちはもっぱら酒とパチンコのようである。それはそれで悪いとは言わないが、私にとっては共感出来るところがない。ようやく海に行ってBBQをして来た、と満足げに話す者も居る。それまた結構だ。だが、それも私のスタンスでもフィールドでも無い気がする。
 海岸ぶちを走れば何時の間にやら夏も終わりの気配がしている。それでも以前のようには「夏の終わりはし残した事があるようで気が焦る」ような事もなく、ただ「嗚呼、夏休みも無く今年もまた夏が終わるのだな」と独りごちるのみである。蝉時雨をまともに聞くこともなく、そう言えば今年はオニヤンマを一度も見ておらず、気がつけばもう晩夏の気配に充ちている。季節に気付かず日々を過ごしていまうほど寂しい事はない。あー、夏休みにどこか行きたかったなあ。ハーレーで旅に出たかったなあ...って、生活が成り行かない現状ではハーレーどころの騒ぎではない。それでもたまには浮かれたいものである。

それが私の生き方

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 いち日の大半を移ろう季節も過ぎ行く時も曖昧で緩慢な、薄暗く間接照明に照らされた空間のもとで過ごす。そして来る日も来る日もいち日およそ50部屋近くのルームクリーニングとセットアップを繰り返す。それが今の私の仕事である。見知らぬ男女の愛の手助け、などと青臭い綺麗ごとなどは言うまい。牡と牝の本能の欲望が交差する場所、私の仕事はその後始末に過ぎない。仄暗く息の詰まるような部屋の窓を開け放つ刹那、押し寄せるようにして流れ込んで来る春の息吹きに、いっとき目眩のような眩しさを覚えてたじろぐ。柔らかく温かな光、澄み渡る風、蒼葉の輝き、遠い人の営みの喧騒、それらが洪水のようにして私の頬を洗う。そうした全てを深く深く深呼吸して、薄汚れた両の肺を静謐な空気で充たす。ああ、今を生きている、そう実感するのはそんな一瞬だ。
 バイクを降りコブラを手放し、愛しき猫を失い、そして何よりも人生の大半を捧げて来た仕事までも失おうとしている今、私に残されているものは何だろう。いや、別に少々厭世的にはなるものの、特段絶望感に苛まれることも挫折感に打ち拉がれることもないが、流石に自らの生き様の有りように気落ちするのは否めない。人間60にして生まれ変わり、新たな人生を歩まねばならない、とは神代の昔より語られることだが、だとしたら少なからず哀しい新たな人生の第一歩ではある。勿論、自分ばかりが哀しい境遇を強いられている、などと世間を拗ねるようなつもりはない。世の中、もっとずっと不幸で哀しく寂しい人々も多かろう。我が友人曰く「生きてるだけでめっけもん」なのだろう。だがその生存の権利も今や甚だ怪しいところまで来てしまっている。これから先、どれだけ日々を安穏として過ごしていられるのかは分からない。生活の諸々な不安定要素ばかりが頭をよぎる。コンビニのサラダを箸で突っ突きながら、焼酎ハイボールを流し込む。350mℓひと缶あれば沢山である。酔わないまでも、蓄積した疲労がふわりと和らぎ、心も身体も少しだけの安らぎを得る。それだけが救いだ。幸いにも相方は命を拾った。だから私も未だ全てにおいて諦める訳にはいかない。心の涙は塞き止めておき、これからも軽妙洒脱に生きて行く。それが私の生き方なのだから。

桜咲く里で人は何想う

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 見渡す限りを薄紅色に染めて、桜は匂い立つばかりに咲き誇る。その静寂だが圧倒的な生の息吹きは、人の情念をも全て吸い取ってしまうかの如きだ。昔、何かで「桜の木の下には屍体が埋まっているのだよ」という文章を読んだことがある。荒俣 宏の帝都物語でも興廃した帝都に桜が咲き誇るという象徴的な光景が描かれていた。いにしえより桜は「弔い花」なのだとも言われている。だから古い寺社の境内には桜の古木が多いのか。靖国神社の桜などはその典型であろう。私はそうした意味合いをかねてより感じつつ桜の花を愛してきた。だから桜の木の下で呑気に酒盛りなどする気にはなれない。ただ人生の儚さと美しさばかりを投影して、小さな花弁に畏怖の念を感じるばかりである。だから桜は美しい。
 Facebookでは詳細を書いたが30年以上連れ添った妻が、心臓の大手術を受けた。一時は心臓停止するなどかなり深刻な状態が続いたのだが、再度手術をしてペースメーカーを埋め込むことで無事に生還し、ようやく退院の運びとなった。時はあたかも桜満開のただ中で、病院から出たそのアシで桜並木の下を走り、例年どおりの花見をすることができた。いっときはもう二度と妻との花見は叶わないのやもしれぬと覚悟したのだ。生気の失せた白い頬を桜の薄紅色が染め、妻がようやく微かな笑みを浮かべる。この数年はいつも「来年も桜が見られるだろうか」「いつまで桜を見ることができるだろうか」と語り合ってきた。なので「今年も見られたね。来年もきっと見られるよね」の言葉には切実な響きが感じられた。来年、また一年と残された僅かな日々を大切に慈しんで生きねばならない。生まれたその日から始まったカウントダウンも、もはや佳境を迎えていることを改めて実感する。死というものと真剣に真摯に向かい合えない者は、精一杯の充実した生ともまた向かい合えない。私はそう考えている。風に揺れる満開の桜たちが「お前たちは未だ来てはいけない」そう囁く。許された生を私は慈しむように包むように抱く。春風が心の中を吹き抜けて行く。

プロフィール

平野克己(ひらの・かつみ)

MC誌の最前線を長うお准将に託し現在はフリーランスの予備役として活動中。湘南鎌倉で猫的スローライフを提唱しつつ、国産プラモデル史の編纂に尽力する日々を送る。永年飼ったコブラ427S/Cを手放しMC(Motorcycle…Modelcarsではありませぬ)復帰を密かに目論む。自称昭和プラモ小僧の60歳。座右の銘は心情溢るゝ軽薄さ。

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