トイ・ホビダス―超精密ミニカーからかわいいオモチャまで!!
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2009年6月:記事一覧

2009.6.29

スカル てぬぐい

 一昨年の冬、新国立美術館のスーベニア・ショップで購入した骸骨柄の「てぬぐい」です。片方の耳に手を当てているふうの絵柄で、なにか洒落たりもじったりしているのかも知れませんが、詳細は不明であります。

 奇抜な絵柄で知られる幕末の絵師、国芳(くによし)とかの骸骨とかなら最高なのですが、あんまり怖い絵柄で顔を拭くのもなんですし。このぐらいのとぼけた絵柄も悪くないかと。

 自宅のトイレ書架に国芳特集の雑誌があるのですが、たまにボーっとしているときに思わずぱらぱら見てしまい、瞬間的に背筋がぞ~っとします。国芳の骸骨は怖いですよ。

2009.6.24

実物大のスカル

 写真はクアント編集部イシグロン氏所有の「シークレット・ベース」製クリア・スカルです。素材はソフトビニール。頭蓋骨の大きさは個人差ありましょうが、とりあえず1/1スケールというか、実物大と思しきサイズのディスプレイ・モデルです。

 このモデル、私見ですが手に取ってみると意外なまでに小さく感じます。「ちぃーせーなー」って感じ。ところが驚くべきことに、このスカルとイシグロン氏の頭を比べてみると、このスカルの方がやや大きいのです。さらに、MC編集部のBB女史の頭と比べると、当然ですが、この透明スカルの方が、ずっと大きい。

 となれば、彼ら人間の頭の中に入っているスカルはこの小さな透明スカルより更にちいさいのか…。そう意外なまでに深い驚きを感じたのです。

 こんな小さい器の中で人間は日々悩み苦しみ、時に自ら死を選ぶ決断すらするのか…。そう思うと、人間そのものが愛おしくなってくるから不思議ですね。

2009.6.23

<ふたたび> スカルに惹かれるのはなぜか?

 昨日ご紹介した「COFFIN BANK(いわゆるドラキュラ・バンク)を反対側から見たところとそのパッケージです。後期のウィンドウ・パッケージではなく、紙箱であることがわかります。クモの巣や、昨日お見せした反対側の英文字“MYSTERIOUS-HILARIOUS~”などは、白ではなく、プラ製のスカルや手とカラーコーディネートされた薄いペパーミントグリーンで印刷されており、レッドで書かれる“COFFIN BANK”の文字やクモと綺麗なバランスを見せています。色づかい的にはどちらかというと1950年代的なテイストを感じますね。クリームソーダ的とでも言うか…。

 この系列の貯金箱は、かつて少年漫画誌の通販コーナーの定番でした。私は親戚のお兄さんが持っていた現物を見せてもらった記憶があるのですが、当時は随分大きくおどろどろしい印象と共に、そのスカルの色合いや造形に強く惹かれたことを思い出します。

 スカルは当時から少年が好むアイコンの一つだったと思いますが、そもそもその起源は一体何なのでしょうね?タミヤのミリタリーミニチュアやGIジョーに親しんだ経験がベースなら、それは間違いなくドイツ第三帝国系のミリタリー・アイコンからの流れだと推測できます。また、ホットロッドなどのアメリカ製クルマ・プラモからの流れだとすると、そもそもその場合は、ドイツ系アーティストであったエド・ロスを筆頭とするところですから、やはりミリタリーに絡んだジャーマン・テイストということで同一の起源です。

 MC編集部のバッハ君に聞いた話ですが、戦前から江戸川乱歩が書き始めた「怪人二十面相」や「少年探偵団」などのシリーズが、戦後昭和30年頃、ポプラ社によって全集としてまとめられて発刊されたそうです。初出の連載時のことは不明ですが、この全集は現在同社のポプラ文庫で読むことができます。その誌面で確認したところ、全集に掲載されていた挿絵には多くのスカルが登場しています。戦前から戦後にまたがって、多くの少年たちを魅了したこの読み物とともにあった多くの挿絵が、日本において、少年たちのスカルへの印象に、強い影響を与えたとも考えられるではないでしょうか。

 しかしこれら「和もの」はスカルだけの印象が強く、スカルの下にクロスした骨を描く、いわゆるスカル&クロスボーンの絵柄は、欧米からの流れと思われます。いずれにせよ、東西いろんなものの影響から、いにしえの昔から現在に至るまで、スカルは男子の心をつかむアイコンとなっているわけですね。面白いです。

2009.6.22

いわゆるドラキュラ・バンク

 青白い手が伸びてきてお金(コイン)をさらって行ってしまう…という昔からある貯金箱、通称「ドラキュラ・バンク(?)」。かつてはブリキ製玩具タイプやプラモデル、ゼンマイ動力やモーターライズなど、いろいろなタイプがありましたし、現在でも似たようなものは存在しているようです。画像はその種のもののなかでは、かなり古いものと思われる1960年代のメイド・イン・ジャパン。ブリキ玩具メーカー、「ヨネヤ」の「COFFIN BANK(棺桶バンク)」。このモデルは幾つかのバージョン違いを生みながら生きながらえ、1980年代初頭まで新品で入手可能だったと記憶しています。

 写真のものが古いタイプと推測している理由は、後期のものはコインの置き位置に押し下げ式のスイッチがあり、コインを置くと同時に動作が始まったのに対して、写真のものはコインを置いてから、わざわざ本体脇に生えているスイッチを操作して動かすという点です。次回パッケージも御覧に入れますが、後期のものは透明フィルムの貼られたもので、外から商品が見えるウィンドウ・パッケージでしたが、写真のもののパッケージはイラストの描かれた紙箱でした。

 本体外側のリト印刷によるグラフィックにも数パターンあったようですが、個人的にはこの色合いとデザインが最も気に入っております。

2009.6.14

久しぶりのドライブ

 最近の休みはあまり遠出しておらず、通勤も電車とバスなので、めっきり自分のクルマに乗る機会が少なくなってしまいました。

 で、今日の日曜は久しぶりにドライブに出掛けました。第三京浜〜横横道路で逗子方面へ。朝比奈で降りて、鎌倉の若宮大路の裏道をちょこちょこと走り抜け、海岸に出てから134号でサーファーたちを眺めながら葉山へ。

 写真は森戸海岸です。既に海に入っている人も少なからずいました。

2009.6.05

ホットウィール・デザイナー、マーク・ジョーンズの消息

 2001年に「ホットウィール大図鑑Ⅱ」というムックをまとめていた折、カリフォルニア・エルセグンド(ロスアンジェルス空港のそば)にあるマテル本社のデザインセンターでホットウィールのデザイン・チームを取材しました。

 当初は御大ラリー・ウッドに話を聞くのが一番の目的だったのですが、何人かインタビューした中で最も印象に残ったデザイナーがマーク・ジョーンズでした。

 マーク・ジョーンズと言えば、ホットウィール・ベーシックカーのラインナップの中ではヒストリック・レーシングカーとオリジナルのファンタジーカーを手懸けることが多く、特にファンタジーカーにおけるアイディアとデザインには天才を超えて時に狂気を感じさせるほどの才気を感じました。それゆえ直接ホットウィール記事の編集に携わることがなくなってからも、ずっと彼の作品だけは気にしてチェックしていました。完全なミーハーというか、純粋なファンでありました。

 しかしそんな彼も健康上の理由から少し前にホットウィール・チームを離れ、個人でアーティストとしての活動に専念していたようです。もう彼が手懸けるトイかーは見られないものだと諦めていましたが…。

 今日、モデル・カーズ次号のマッチボックス特集の準備を進めていた編集部のBB女史から、マッチボックス・デザイナーのRYU氏からのメールを見せてもらったところ、なんと現在の同チームにマーク・ジョーンズの名前があるではありませんか!他にもデイブ・ワイズやマイケル・ヘラルダといった旧ホットウィールお歴々の名前が…!

 最近のホットウィール・コレクターの中には、「変なモデルばかりデザインするデザイナーがいなくなったから最近のホットウィールはよくなった」なんて、仰っている向きもあると街の噂(?)で聞きましたが、いやいやどうして?

 鬼才マーク・ジョーンズが去り、生粋のホット・ロッダー、ラリー・ウッドも今年一杯で引退するというホットウィールがどうなっていくのか見守っていきたいですね。彼らを凌ぐキャラクターは現れるのでしょうか? 期待したいところです。

 そして、個人的にはマーク・ジョーンズが加わったマッチボックスにも、大いに期待したいと思っております! なにか普通じゃないことをしでかして欲しいですね!

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